地方創生カレッジ:地方創生リーダーの人材育成・普及事業 [1/2]
日本生産性本部 茗谷倶楽部会報 第77号(2019.12発行)寄稿文 1/2
1.地方創生(内閣府予算事業)とは
本年度は、平成27年度から5年を期間とする、国の「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の第一期が最終年を迎えます。少子高齢化、人口減少、東京圏への人口の過度の集中といった課題に対応して、将来にわたって活力ある日本社会を維持することを目的として掲げた「まち・ひと・しごと創生法」(平成26年法律第136号)が平成26年11月に施行され、この法律に基いて国(内閣府)が総合戦略を策定し、地方公共団体においては地方版「まち・ひと・しごと創生総合戦略」を策定して、地方創生に関する取り組みが進められてきたのです。
内閣府による予算事業としての地方創生においては、三本の矢=「情報」「財政」「人的」の3つの視点による地方への支援が行われています。「情報」の支援としては、地域経済に関する様々なデータを地図やグラフ等でわかりやすく見える化した「地域経済分析システム(RESAS:リーサス)」の提供がなされています。地方自治体が自らの強み・弱みや課題を分析し、解決策を検討するツールとして、まち・ひと・しごと創生本部事務局が提供する、産業構造や人口動態、人の流れなどの官民ビッグデータを集約して可視化するシステムです。
「財政」の支援としては、地方自治体の先進的な取り組みを支援する、自由度の高い「地方創生推進交付金」ならびにインフラ整備のための「地方創生拠点整備交付金」があります。地方創生推進交付金は、各府省の個別補助金や効果検証の仕組みを伴わない一括交付金などとは異なり、地方公共団体による自主的・主体的な事業設計に併せ、KPIの設定とPDCAサイクルの確立のもと、自立性、官民協働、地域間連携、政策間連携を軸に交付対象事業を選定することで、従来の「縦割り」事業だけでは対応しきれない課題を克服しようとしています。
そして「人的」な支援としては、自治体首長の右腕となる人材を国の省庁から派遣する「地方創生人材支援制度」、担い手不足に悩む地方の中小企業の人材を、主に都会の大企業勤務経験者の転職を斡旋することによって補おうとする「プロフェッショナル人材事業」、e-ラーニングによる人材育成を目指す「地方創生カレッジ」が展開されています。これら三本の矢のうち「地方創生カレッジ」は日本生産性本部が補助事業者として採択されており、筆者は地方創生カレッジ総括プロデューサーの肩書で、昨年度より事業推進の一役を担っております。
2.地方創生カレッジとは
地方創生カレッジは、地方公共団体職員ならびに地域活性化に関与する金融機関や士業ほか民間人を主たる受講対象者として想定し、地方創生の本格的な事業展開に必要な人材を育成・確保するため、実践的な知識をeラーニング講座で提供しています。また、必要に応じて官民連携講座などの実地研修も効果的に取り入れることで、知識やスキルを習得できるようにする取り組みです。平成28年12月に開講し、平成31年3月末時点で162講座が公開されており、毎年公募によって新たな講座が内閣府予算により開設されるよう運営されています。
また、地方創生カレッジを学習した利用者を主なターゲットとして、地方創生「連携・交流ひろば」という意見交換のプラットホーム・サイトが、内閣府補助事業として日本生産性本部によって運営されています。地方創生カレッジに関わる昨年度の一番初めの仕事は当サイトの見直しで、①構造的側面、②機能的側面、③視覚的側面の三要素から、抜本的な見直しを提案するものでした。トップページの構成をランディング・ページにすることによって、行政機関による一方的な情報発信サイトの形態からの脱却を提案し、全面的な刷新が行われました。
地方創生「連携・交流ひろば」には地方創生交流掲示板というページがあり、地方創生カレッジの利用者が直面する具体的な質問に鉄人・有識者が回答する地方創生Q&Aコーナーが設置されており、回答者として登場して数多くの質問に答えました。また、地方創生をもっと身近に感じて実践してもらおうと、地方創生に積極的に取り組む地域や企業を取材して紹介する、地方創生ショートムービーというコーナーも設置されており、女性が活躍する職場とシニアが社会貢献する職場の2つの事例を取材して番組シナリオを作成し、動画で紹介しました。
これらの取り組みと合わせて、昨年度は岐阜県を対象とした地方創生に関する実態調査と、生産性新聞に全6回の連載記事を執筆しました。これらの内容をもとに、次章以降の記述を進めて参りたいと思います。なお、コンサルタント塾に学び、コンサルティング部の協力経営コンサルタントとして第二のキャリアをスタートした筆者が、何故にどのような経緯で現在、地方創生に関わるようになったかについては、昨年発行の茗谷76号に寄稿したコンサルティング・レビュー(9)私のキャリアと事業のコンサルティング・レビューをご参照ください。
3.地方創生に立ちはだかる壁
地方創生においては、前述の通り少子高齢化、人口減少、東京圏への人口の過度の集中といった項目が根源的な課題として挙げられていますが、そのいずれの要素もこの5年間の第一期総合戦略への取り組みで、著しい改善の傾向を見ることはできないと指摘されています。インターネットで検索しても地方創生に関する情報といえば、批判的もしくはネガティブなものが数多く散見されるのが実情です。民間企業であれば結果(=事業収益の確保)にコミットすることは、企業の存亡を決する最重要関心事ですが、行政機関においては事情が異なります。
筆者は認定経営コンサルタントの資格称号を取得し、日本生産性本部コンサルティング部の協力経営コンサルタントとして従事したのち、志あって6年間にわたり産業振興の分野で岐阜県において公的支援の役職に就き、地方公共団体や公的支援機関とかかわってきました。経営コンサルタントの視点で地方自治や産業振興に関わってきたのですが、企業の成長を妨げる要素には三つの壁があるというのが持論であり、その三つの壁について地方創生を担う現場の人や組織に当てはめて、地方創生の制約条件についてこれより言及していきたいと思います。
三つの壁のまず一つ目は、地方公共団体は部署の異動も早く、課題に直面してもどうすれば良いのか分からない、ノウハウがないからできないなどの特性によって直面する「知識の壁」の存在です。知識がなければ、過去を知り、現在を診断し、未来を見通すことができません。この壁を突き破るために地方創生カレッジは開設されていると評価できますが、漠然とした印象ではなく実数を直視して考えるためには、藻谷浩介氏による『「地方消滅」の真相と「地方創生」のあり方』は必修です(有料の講演会の内容を、無料で受講することができます)。
そして二つ目の壁は、新しいことは苦手である、前例を変えることは忌避したいなどのいわば保守的で硬直的な思考特性によって直面する「意識の壁」です。本来、知識が備われば課題解決の方策は見えてくるものなのでしょうが、地方公共団体を職場として選択する個人の根源的な基本姿勢とも相まって、現実を直視することを避けてしまったり、実数を割合に変換して印象を操作しようとしてしまったりと、人の心の中に宿るホメオスタシス(=恒常性の維持)の本能も働いて、最も根深く、とてもぶ厚く立ちはだかる深刻な壁が存在しているのです。
そして三つ目の壁は、部署別に事業費が予算化されており縦割りである、基本的に決算の概念がなく成果が評価の対象とならないなどの特性に起因する「組織の壁」です。地方では優良な企業が少なく、安定した就職先として地方公共団体が存在します。優秀な人材が集約する一方、前述のような思考特性や基本姿勢から、課題に直面すると脆弱な一面が露呈します。表層的な議論に終始して結果にコミットせず、重要課題の方策立案を外部に依存しています。真に地方創生を実現していくためには、これらの制約条件を解消していくことこそが肝要です。
4.公的機関に蔓延する機能限界
筆者は6年間にわたる産業振興分野における公的支援の場において、民間の企業人からは到底想定すらできない、経営コンサルタントの視点として違和感を抱く、見えない壁がさらに重層的に存在することに次第に気づき、やがてそれは確信に至りました。そもそも、組織が業績向上を図る際に、定量的な数値目標を定めてその達成を目指すのは当然です。一方で、実現を妨げる要因=制約条件に着目して解消を目指すこと、あわせて定性的な指標を持つことも中長期的な視点でとても重要です。こうした事象が公的機関では表層的にのみ語られています。
組織内に、健全な成長を妨げる制約条件(=さらなる三つの壁)が潜在的に存在していることは、地方創生カレッジの現代経営学研究所(神戸大学)による『DMO特別講座』においても指摘されていますので、その引用から分析を進めましょう。まず一つ目に立ちはだかる壁とは「行政区域間の壁」です。予算が行政区域単位で、そして部門単位で縦割りに組まれていると、観光などの広範囲な地域と分野を包括している事業を遂行する際に、圏域や部門間を横断的に活動することが難しいというものです。産業振興の場面でも同様の壁に遭遇しました。
次に立ちはだかる壁は「行政と民間の壁」です。行政は事業予算を組んでその執行を推進しますが、その財源は税金や交付金であり、そこに事業収益を確保する発想はありません。民間は自社の事業収益を源泉として新たな投資に仕向けます。行政による公共の利益や福祉の理念と価値観が、時として民間による経済合理性への準拠の論理と乖離して問題点として指摘される事案も、官と民を金銭でつなぐ補助金などで散見されます。本当に必要とする事業者へ行き渡ることなく、申請が通りやすい事業者や縁故で支給先を決めるなどの場面に遭遇しました。
そしてもう一つ立ちはだかる壁は「既存団体との壁」です。産業振興の分野では、私が関わったよろず支援拠点と並立して商工会や商工会議所、そして県や市の産業振興センター(通称)が、さらに最近では、市や町が単独で予算化した経営相談窓口が存在します。本来の目的や存在意義は産業経済を振興しようとするもので、何の疑いもなく共通です。しかしながら、実態として対立の構図が生じており、組織の存続と権限の維持が自己目的化しているとの感覚を禁じ得ません。事業の合併や買収で大企業ですら事業をリストラする民間とは異なります。
真の地方創生を実践するためには、経済合理性の原則を無視することはできません。一方で、表層的な議論で目先の数値目標の達成に邁進しても本質的な成果に及ばず、組織は疲弊し人の心は離れてしまいます。産業振興の分野で経営相談窓口の1日あたりの来訪件数を指標にするなど目先の定量的な指標だけでなく、定性的な価値判断基準を規定する必要があります。この観点からは、日本生産性本部が呈示する「経営品質」に改めて着目すべきことの必定を感じるに至りました。そしてこれらの諸事情を踏まえた、地方創生の担い手の育成は急務です。