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書籍刊行記念『渋沢栄一が転生したらアラサー派遣OLだった件』の序文・序章・第一章までを一挙無料公開!(その1)
2024年11月29日(金)に発売の書籍『渋沢栄一が転生したらアラサー派遣OLだった件』(三浦有為子)の一部を無料公開します(全3回の1回目)
日本アカデミー賞「優秀脚本賞」受賞作家が描く話題の一作。「思わず胸が熱くなりました」「テンポがいいし、小ネタのセンスが抜群」「『おもしろくて、ためになる』って、こういう本のこと」などなど、熱い感想が続々届いています。
この記事では、本書から「序文(イントロダクション)」と「序章」をお読みいただけます。現代人が解決できない問題を渋沢栄一が一刀両断! スカッとしながら最後は泣ける、ビジネスエンタメ小説の一端を、ぜひお楽しみください!
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一発逆転なんて、人生にはない。
いつからだろう。そんな風に確信するようになった。
人間は生まれた時から差があるのだ。
才能のある人間。美貌のある人間。それよりも何よりも育ちの良い人間や、絶大なコネクションのある人間。
そうでない自分は、「普通」に生きられればいい。
でも、「普通」って何?
東京都の最低賃金でフルタイム勤務しても(どころか、体が壊れるほど残業しても)都内で家やマンションを買うなんて不可能だ。
何が普通かなんて人それぞれだけど、でも、私が子供の頃に普通だった「結婚したら、子供が二人いて、その子たち二人を大学に行かせて」なんて生活は、最低賃金では夫婦共働きでも絶対に不可能。
それも、これも、全部、自己責任? それって、お金持ちや縁故のある家に生まれなかった責任ですか? って聞きたくなる。
でも、諦めたくない。
たった一度の人生なのに。納得いかないまま終わりたくない。
そう思う時、きっと、あなたの心の中では、言葉にはならない「叫び」のようなものが満ちているはず。
そして、思うの。それって「あの人」の声じゃないかって。
「あの人」=渋沢栄一。
そう、新しい一万円札で話題になっている「あの人」。
「あの人」はただの一万円札のおじさんじゃない。
経済界の偉い人ではあるらしい(私より、皆さんの方が知っているかも)。
でもね、超恋愛体質で、授かった子供は100人を超えるのではないかと噂されるほど、煩悩に支配されている普通の人でもある。
生まれだって宮家とかじゃない。埼玉の農家の倅〈せがれ〉。
少なくとも、私の人生は、彼に出会って変わった。
いや、正確にいうと「出会って」すらいないけど。私、普通のアラサー派遣OLだし。詳しくは、この後のお話を読んでもらう方が早そう。
私、埼玉在住の独身アラサー派遣OL・一栄華子〈いちえい・はなこ〉が……とんでもない成功? にたどり着くまでに、何があったのか……。そこに一万円札の渋沢栄一がどう絡んでくるのか。
乞うご期待!
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序章 向島の対決
隅田川。満月の浮かぶ水面の上、屋形船が1艘揺れている。座敷の中央では2人の男が対峙している。
男たちの周囲には十数人の美しい芸者たちが侍らされている。だが、先ほどまでの宴の熱気はどこへやら。2人の男の間の空気は緊迫していた。
「当然、合本法〈がっぽんほう〉でやるべきだ」
「いや、合本らあ成立せん。やはり、専制主義でやるべきながや」
上座の穏やかな顔立ちの男は渋沢栄一。まもなく38歳を迎える男盛り。明治政府の官僚として約束されていたキャリアをなげうち、民間人として活動する異端の男。その経営センスは政財界の注目を集めている。彼はより良い社会の実現のために、資本や人材を集めて事業を進める合本主義の重要性を常に説いていた。
下座の眼光鋭い男は岩崎弥太郎、43歳。三菱商会の初代総帥。三井と並んで、日本の経済を牛耳る大物。日本の海運王と呼ばれ、政府との関係も深い。この男が下座につくというのは、よっぽどの事である。
時は明治11年8月。西南戦争から1年が経ち、日本の近代化が一気に進んでいた時代である。
「では、もう一度、尋ねよう。これからの実業はどうしていくべきやろうか?」
岩崎はかっと目を見開く。派手に相手を圧倒し、懐柔するのが彼のやり方だった。
だが、渋沢は表情ひとつ変えずに答える。
「ですから、合本法でやるべきだと言っている。岩崎殿、専制主義では人はついてきませんよ。実際、海運を独占し、利益を私物化しているあなたには世論の批判も寄せられているのでは?」
岩崎の眉が歪む。「三菱の暴富は国賊なり」という世間の批判の声は当然、岩崎の耳にも届いている。「強欲弥太郎」「政商弥太郎」などと揶揄されている事も。
だが、岩崎弥太郎はそんな嫌味に心折れるような輩ではないのである。
岩崎は余裕の笑みを浮かべると、渋沢を見た。
「だが、渋沢さん、お主〈おんし〉とワシが手を組んだらどうなる? 渋沢と岩崎の専制主義や」
「……三菱に参加せよ、という事ですか?」
「共にやろう、と言いゆーがじゃ。渋沢栄一と岩崎弥太郎。この2人がやれば日本の実業の事はなんでもできる。違うか?」
押し黙る渋沢。刃のように鋭い沈黙。だが、岩崎は待つ。自信がある。この申し出を断る人間はいないだろう。岩崎は確信していた。
やがて、渋沢はゆっくりと口を開く。
「金儲けを品の悪い事のように考えるのは根本的に間違っている」
先ほどと変わらないゆっくりした口調。手ごたえを感じた岩崎は強く頷く。
「しかし、儲ける事に熱中しすぎると、品が悪くなるのも確かである」
「!」
「金儲けにも品位を忘れぬようにしたいものですな」
怒りと屈辱で顔を真っ赤にした岩崎を置いて、「そろそろ失礼しましょう」と渋沢は席を立った。美しい芸者たちの中でも、特に美しい数人がそれに続く。そのこともまた岩崎の怒りに油を注いだ。
* * *
岩崎の狸オヤジめ! この渋沢に三菱の番頭に成り下がれというのか!
帰宅した渋沢はひとり、酒を飲みなおす。だが、まったく酔えない。岩崎の余裕の笑みを思い返しては、やり場のない怒りがこみあげてくる。だから、また、飲む。その繰り返しである。
弥太郎から舟遊びに誘われた時、嫌な予感はしていた。あの男は、派手なやり口を好む。どうせ、大勢の芸者でも侍らせているのだろう。そう思って、こちらもなじみの芸者(贔屓の店で、最上級の美女をそろえた)を引き連れていった。挑戦を受けて立とうという訳だ。案内された上座にも堂々と座ってやった。「客」として招かれているのだから、当然である。
三菱の経営について、何かしらの助言を求められるだろうとは思っていた。だが、まさか……自分の下で働くように言われるとは。
わかっている。岩崎は「共にやろう」と言った。だが、あの男は誰かと「共に」やるような男ではないのである。あれは、軍門に下れという事である。この渋沢を認めている。そう言う事もできるだろう。実際、三菱の強敵である三井には渋沢もたびたび尽力している。妻の千代と共に素晴らしい歓待も頂いた。だがそれも「三井のためには尽くしますが、番頭にはなりませんよ」という自分の気持ちを尊重してくれていたからだ。それなのに、岩崎弥太郎は……。
「札束で頬を叩くような真似をしおって!」
弥太郎に従えば、渋沢もまた巨万の富を得るであろう。だが、専制主義で集めた金になど意味はない。
「1人だけ富んで、それで国は富まぬ!」
思わず声に出してしまう。ふと見ると、酒が空になっている。
まだ飲み足りぬようだ。そうだ、確か、棚に日本酒がもうすこし……。
と、立ち上がった瞬間、酔いで足がよろけた。思い切り、棚に頭をぶつけ、渋沢は床に転がる。意識が遠のいていく……。
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