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経営者は社員とのコミュニケーションから逃げてはいけない。

『組織と働き方を「変える・変えない・先伸ばす」さて、どうする?』
 先行公開

 9月11日(金)に発売された新刊『組織と働き方を「変える・変えない・先伸ばす」さて、どうする?』の一部を公開します。

《はじめに》を読む
《なぜ経営者と社員の心はすれ違うのか?》を読む

立場の違いは視点の違い

「実現期待性」と「実現可能性」

 産業医として経営者・人事担当者・管理職・一般社員とお話しする中で気付かされたことは、社員が在宅勤務の導入についてもつ意見や感覚は、管理職を含めた会社側と異なっているということです。

 例えば、社員側の意見を聞いてみると、「質を落とさずに十分な業務ができた」「通勤ストレスがない分、このまま在宅勤務の方がいい」「業務が捗る」といった声が多くありました。

 その一方で、会社側の意見としては、「業務の質が落ちて、コラボレーションも生まれづらくなっている」「現状維持で満足する社員が増えている気がする」「働きがいをもって働く社員が減った気がする」「在宅勤務になってから協力体制が減り、生産性が低下した気がする」といった声が多くありました。

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 なぜ社員側と、管理職や会社側で意見に違いがでるのか、そのヒントとなるのが、「実現期待性」と「実現可能性」です。

「実現期待性」は社員にとっての「業務が成り立つ」

 社員が感じる「できる」という感情を示す″実現期待性”は、技術的側面、精神的側面の2点から成り立ちます

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技術的側面・・・技術的側面は、ワークフローやテクノロジー、つまり技術的にこれまで通り業務が成り立つと思えることです。

 分かりやすい話としては、これまで足を運び対面で行っていた営業活動や、年に数回も新幹線に乗ってわざわざ出向いていた全社会議などです。

 これらはオンライン会議ツールを活用することで、その場に行かずとも業務が成り立つ典型例です。会社側からすれば否定的な意見はあるかと思いますが、社員としては「できる」と思えるのです。

 会議の度に行っていた会議室予約という業務や、他部署との取り合い、それらもオンライン会議ツールがあれば争うことなく会議設定ができるようになりました。会議室ありきでスケジュール調整していた煩わしさから解放されたと思っているでしょう。

◎ 精神的側面・・・精神的側面は、他社事例や自社実績を通じて、組織運営が変わってもこれまで通りの業務が成り立つと思えることです。

 分かりやすい例としては、他社事例を見て、「うちの会社や自分の業務も在宅でできないはずはない」という精神的な自信・確信を持つことです。

 店舗、病院や介護・保育現場、運送や製造、警察・消防といった、対面接客や指定場所での業務が必須となる一部職種を除けば、在宅勤務ができない理由を探す方が難しいでしょう。

 技術的なハードルを除去すれば理屈では在宅勤務は実現可能であるからこそ、社員は精神的には「在宅勤務はできる」と思っているのが現状です。

「実現可能性」は会社にとっての「業務が成り立つ」

 一方、会社が感じる「できる」という感情を示す″実現可能性”は技術的側面、精神的側面に加え、さらに発展側面、組織側面が加わります。

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◎ 発展側面・・・発展側面では、「組織運営を変えたとしてもこれまで通り業務は成り立ち、かつ価値提供も変わらず、自社成長にも繋がる」と思えること、という要素が加わってきます。

 発展側面で分かりやすい例として当社のお話をさせていただきます。
 当社では、3月中旬より時間短縮業務に切り替え、さらに4月頭からは基本的には在宅勤務としました。

 技術的側面や精神的側面のみ考慮すれば、確かに当社の場合も「在宅勤務可能」な状況でした。しかし、4月2週目が過ぎたころから一部の業務が滞り、その結果、オフィスに出勤している管理職や担当外のメンバーが、臨時的な対応をするという形に。

 そして、オンライン上での定例的ミーティングは行っていたものの、それ以外の雑談やちょっとした質問をする機会、気軽なミーティングが減ったことで、コラボレーションが生まれづらい感覚が出始めました。

 一人ひとりの業務は確かに「回っていた」と判断できますが、その代わりに「新しい価値を作る」「雑談の中からふと出てきたアイデアが形になる」という当社が強みとしている部分に落ち込みが感じられました。

 また当社は嘱託産業医サービスを提供しています。人事担当者専用窓口という形で人事担当者からの従業員ケアに関する相談対応を行っています。

 時にはスピードが求められる事案もあり、難しい事案は常にオフィスのメンバーが意見を出し合って解決支援を行っています。

 そのため、業務が切り分けられてしまう在宅勤務は、普段コミュニケーションをとりながら顧客への価値提供を行っている当社にとってはメリットよりもデメリットが目立つ施策でした。

◎ 組織側面・・・組織側面というのは、組織運営の変更が組織活性や生産性にも反映されていくと思えることです。つまり、その施策が組織活性や生産性にどのような影響を与える可能性があるかを会社は考えます。

 先程の当社事例に当てはめて考えると、発展面では、顧客への提供やコラボレーションをするうえではデメリットが多いという結論でした。

 組織側面においては、組織活性における、心身コンディション(社員の心身健康状態)、働きやすさ(業務バランス・サポート等)はある程度担保されていました。

 しかし、オンラインでのコミュニケーションという慣れない形でマネジメントをする管理職にとっては、その時間の確保やテキスト形式での業務指示・管理という煩雑さに対して、ストレスを感じていました。

 また生産性については、在宅勤務によって当社の場合は「向上した」社員もいれば「低下した」社員もいたというのが現実でした。

 その社員の環境面(執務できる個室の有無、椅子や机・ネットといった設備の有無、同居家族の有無)によって生産性への影響は大きく異なるという当然の結論でした。

 自宅はくつろぐ場所という認識が「当たり前」である時代、そういった場で勤務せざるを得ない状況では、生産性は低下しても仕方ないと一時的には考えます。

 しかし今後も在宅勤務を継続するかどうかを検討する際には、技術的、精神的には在宅勤務は「できる」ものであったとしても、「発展側面」「組織側面」を考慮したときに、現時点で会社として在宅勤務を固定化することはできないというのが当社の結論です。

 このように、社員と会社は見ている側面が異なります。社員は自分の責任、つまりジョブやタスクを全うすることが、望まれる行動です。社員が見ている時間軸は数日単位、長くても数か月単位です。

 社員の関心は自分の業務、つまり「個人的」観点にしかなく、組織運営が変わった際には、技術的・精神的に成り立つのかという点に対し関心を持ちます。

 一方で会社は、社員を動かし会社の存続と発展のために行動します。会社側の人間が見ている時間軸は、管理職や人事担当者は半年~1年単位、経営層は年単位です。

 会社側は、会社や組織全体の生産性や価値提供、顧客や競合、社会や業界といった広いステークホルダーに関心を持ちます。経営者、人事担当者の多くが、「見ている側面が異なる」というシンプルな話にモヤモヤとしていたのではないでしょうか。

 実現期待性と実現可能性を表にまとめました。あなたの会社ではどんな視点の違いがありましたか? 次のワークシートに見て、考えてみましょう。

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「できている」のレベルが大きく異なるから、意見も食い違う

 立ち位置の違いがあるからこそ、視点の違いがあります。当たり前の話ですが、「なぜ社員は分かってくれないんだ?」と悩む人は意外と多くいます。そんな疑問の根底には、そもそも視点が違う、見ている時間軸が異なる、といったシンプルな背景が存在しています。

 それが、在宅勤務をはじめ、様々な施策を行う上で意見の違いとなって必ず表れてきます。逆に、管理職にとって見ると、会社側、社員側両者の言い分が分かるだけあって説明に苦労しているようにも思えます。

 「会社も考えているんだから察して」という一方的な姿勢は、管理職だけでなく社員のココロも引き離しかねません。社員の思いやりに甘えずに、説明すべきところは明確にして、会社の方針を伝えることが求められているのかもしれません。

社員とのコミュニケーションから逃げない

 組織には、そこで働く社員のココロと、会社のココロが関係しています。個別の声に耳を傾けてすべての社員の要求を満たすのは不可能です。

 しかしながら、会社として社会や顧客に価値を提供するうえで、社員という人的リソースを適正に稼働させることは事業保全における基本事項です。

 そのため双方の視点の違いを知り、ココロに関心を持つことが、不要なトラブルを避け、組織運営を上手く動かすための予防の基本であると考えます。

 社員側の視点は管理職含め会社側の視点と異なるという大前提を意識したうえで、現状認識および今後の施策について、その選択を行った理由を、社員と会社それぞれの視点を上手く活用して発信する必要があります。

 社員の反発を食らうのではないかと、発信の際に躊躇することもあるでしょう。「判断の理由付けが難しい」「どう伝えたらいいか分からない」「会社の考えが社員に伝わるだろうか」こういった気持ちが生じるのは当然です。

 4章以降では、フレームワークを用いて施策が組織に与える影響を分析・整理します。判断に自信をもって社員とコミュニケーションするためにぜひ活用いただけると幸いです。

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著者 上村紀夫 (うえむら・のりお)
株式会社エリクシア代表取締役・医師・産業医・経営学修士(MBA)。1976年兵庫県生まれ。名古屋市立大学医学部卒業後、病院勤務を経て、2008年ロンドン大学ロンドンビジネススクールにてMBAを取得。戦略系コンサルティングファームを経て、2009年「医療・心理・経営の要素を用いた『ココロを扱うコンサルティングファーム』」として株式会社エリクシアを設立。これまで30,000件以上の産業医面談で得られた従業員の声、年間1,000以上の組織への従業員サーベイで得られる定量データ、コンサルティング先の経営者や人事担当者の支援・交流で得られた情報をもとに、「個人と組織のココロの見える化」に取り組む。心理的アプローチによる労使トラブル解決やメンタルヘルス対策の構築、離職対策のコンサルティング、研修、講演などを行う。著書に『「辞める人・ぶら下がる人・潰れる人」さて、どうする?』(クロスメディア・パブリッシング)がある。

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