Value-ism のススメ
数年前から僕は、名刺の右隅に『Value-ism』 という文字を忍ばせている。きれいにデザインし過ぎてしまったせいか、誰も気が付いてくれないので、ここでハッキリさせておこう。
Value-ism の経済学で考えると・・・
Value-ism = 価値至上主義とでも訳しておくことにする。
価値は一定ではない。時間とともに変化する。空腹のときのディナーは価値があるが、食後に用意されたディナーには価値を見出せない。同様に、価値は人によって異なる。高級掃除機HOOVERを持っている人は2台目のHOOVERには価値を感じない。しかし価値がゼロにはならない。手に入れてメルカリで販売すれば価値に交換できるカネを得られるのだから。
価格は価値のベンチマルクである。生産者と消費者の媒体となって、およそ全ての物品サービスに値付けがされる。あらゆる財貨サービス、人までもが自由に行き来することができる現在、価格は全世界、ほぼ同価値である。国力を比べる際にも価格は重要な役割を果たしている。生活の安定度を計る物価指数にしても国の経済力を示す(とされる)GDPにしても、価格で示された経済活動の集計値である。
さて、僕たちの社会には貨幣的価値に置き換えることのできない価値が存在する。カード会社のCMに登場するprice-lessな価値のことだ。身近なところでは、報酬を対価としないチャリティやボランティア活動、父母の看護や介護、育児や家庭での教育、市民活動のサポートなどなど。大きなスケールで言うと、地球の環境や雨、風、植物や生き物がもたらす癒し、何よりも太陽の人間社会への恩恵など。
古典的な経済学ではこれらを外部経済(不経済)として所与のもの、あるいは無視することで体系立ててきた。70年代、石油危機を契機に経済成長の限界が提言され、その後、地球環境の変化が顕著となり、NNW(国民純福祉)指数や、資源の有限性を背景としたsustainability がキーワードのひとつとなり、経済学の修正が試みられている。しかし主流にはなり切れていない。
温暖化が進み、地球環境に異変が感じられる昨今、もはや地球環境は無尽蔵かつタダで与えられるものという考え方が通用しなくなったにも関わらず、政府や見識者が依然として、物価の数値目標だとかGDPの向上など目先の経済目標としているのは、何とも時代遅れである。
Value最大化は社会を豊かにする
実現可能かどうかは別として、社会経済で貨幣的価値に反映されないすべての事象や価値に対して、あたかも対価が支払われるものとして集計し直したらば、資源分配も産業構造も、現在のものとは大きく異なるものとなる。環境問題やCSRを真剣に取り組む企業の株価は跳ね上がり、不熱心な企業の株価は下がる。人々の価値観が変わりつつあるのだから、社会構造も変わるのは自明の理である。NNWが指標とする「人々の幸福度」=人間の心の豊かさを最大にするためのコンセプト、それがここで提言する ”Value-ism”である。
Value-ism を実践する
ロンドンの小さな会社Cross Culture Holdings を立ち上げて23年になるが、建前では少なくともValue-ismを実践してきた。歴史遺産の修復や博物館の支援、幸せを目指した文献の紹介、日欧相互間の文化活動、チャリティや復興支援など、報酬の多寡ではなく社会的価値を生むかどうかで仕事を選ぶ。そういう会社だからライバルも少なく、仕事は山のようにある。金の匂いのする話がこないから23年間低空飛行を続けているが、Job Satisfaction (幸福度)を取った代償だから仕方ない。マーチャントバンク時代にやってきた守銭奴への反動でもある。
ちなみに、Value-ism は日常生活でも実践できる。日々の善行と悪行をポイント制で自己評価するのだ。例えば、お年寄りに席を譲った=プラス3点、SNS上の批判記事に「いいね」を送った=マイナス5点、階段で立ち往生した人の車椅子を運んであげた=プラス5点。大きくポイントを獲得した夜は寝付きが良いので試してみると良い。しかも、善行は悪行より波及効果が高い(持論)ので、自分が産んだ善行の価値は社会に響き、大きくなって自分に返ってくる。
さて、すべての企業や個人が金銭的価値だけでなく、より広い価値を求める世の中になったなら、人間社会はどんなに幸せになるだろう。それがValue-ismの目指すところである。
最後にひと言
Value-ism という直感的アイディアを、自分なりに体系的に整理する目的で書いてきた。僕は学者ではないので、これ以上、理論化することはできない。幸いウェブで調べると、Value-ism という言葉を使用している研究家の方々がいらっしゃることがわかった。
良かった。それほど的外れではなさそうだ。賢者の方々の考え方をゆっくり勉強してみようと思う。
|松任谷愛介 Aisuke Matsutoya|
英国在住32年。慶應大学経済学部卒・シカゴ大学卒(MBA)ミュージシャン/銀行マン/留学を経て英国マーチャントバンクGuinness Mahon社に入社。取締役副会長歴任後、音楽・映像・イベント制作・リサーチ・執筆等を主業務とする自身の会社をロンドンに設立。|Cross Culture Holdings Ltd.代表|