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私が「転ばぬ先の杖」という言葉を使えない理由
序論
転ばぬ先の杖
前もって用心していれば、失敗することがないというたとえ。
転ばぬ先の杖
いざという時でも安心なように、用心して手を打っておくことのたとえ。また、そのために準備しておくもの。
私は転ばぬ先の杖ということわざがこうした意味を持つことは理解はしているつもりなのだが、転ばぬ先の杖の状況というか文法というか時系列がさっぱりわからない。
そのため、転ばぬ先の杖を自分の文章では使わない、というか使えない。私は転ばぬ先の杖という言葉を理解しておらず、難しい言葉がわかならい頑是ない子供のように、その言葉を用いることができない。
というころで本稿では、この「転ばぬ先の杖」がよくわからんのでは? という話を書いていってみよう!
本論1
転ばぬの「ぬ」
これは転ぶが未然形で「ぬ」に接続しているから明らかな通り、否定の「ぬ」だ。
だから転ばないのはわかる。
転ばぬ先の「先」
これがよくわからない。「先」を辞書で見ると以下の通り。
先
1 元から遠い、突き出ている部分。先端。突端。「岬の―」「針の―で突く」「鼻の―」
2 長いものの末端。はし。「ひもの―」
3 続いているものなどの一番はじめ。先頭。「列の―」「みんなの―に立って歩く」
4 ある点や線を基準にして、その前方。「仙台から―は不通」「三軒―の家」「駅は目と鼻の―だ」「―を行く車に追いつく」
5 金額・数量などが、ある額・量を超えること。「千円から―の品はない」
6 継続している物事の残りの部分。「話の―を聞こう」「―を急いでいる」
7 行き着く所。目的の場所。「―へ着いてからのことだ」「行く―」
8 未来のある時点。将来。前途。「―を見通しての計画」「―の楽しみな青年」
9 時間的に前。あることより前。「代金を払うのが―だ」「ひと足―に帰る」⇔あと。
10 現在からそう遠くない過去。以前。「―の台風の被害」「―の大臣」
11 順序の前の方。「名簿の―の方に出ている」「だれが―に入りますか」「お―にどうぞ」⇔あと。
12 優先すべき事柄。「地震のときは何より火を消すのが―だ」「あいさつより用件が―だ」
13 交渉の相手方。先方。「―の出方しだいだ」
14 相場で、「先物」の略。
15 行列の先導をする役。さきおい。さきばらい。
「―なるをのこども、疾とう、促せや、など行ふ」〈かげろふ・上〉
16 「先駆け」の略。先陣。
「内々は―に心を掛けたりければ」〈平家・九〉
17 「幸先さいさき」の略。
これはあまりにたくさんあるので「転ばぬ先の杖」に関係しそうな「先」を探してみよう。すると以下のような感じになる。
4 ある点や線を基準にして、その前方。「仙台から―は不通」「三軒―の家」「駅は目と鼻の―だ」「―を行く車に追いつく」
7 行き着く所。目的の場所。「―へ着いてからのことだ」「行く―」
8 未来のある時点。将来。前途。「―を見通しての計画」「―の楽しみな青年」
9時間的に前。あることより前。「代金を払うのが―だ」「ひと足―に帰る」
だいぶ絞ってみた。以下、個別に確認してみよう。
4 ある点や線を基準にして、その前方。
転ばないために、体の前方にある杖。これは全然意味が通る。物理的というか身体性に即した解釈。前もって杖を持っているという、ことわざ自体の意味・状況も損なわない。
7 行き着く所。目的の場所。
転ばないために、行き着くところとして事前に準備していた杖があった。これも意味が通りそうだ。杖に焦点が特に当たる解釈になるだろうか。
8 未来のある時点。将来。前途。
転ばないという未来を得るために杖が役に立った。こちらは結果重視の解釈。準備しておいた杖で、転ばないという未来のある時点を達成できたというわけだ。
9時間的に前。あることより前。
転ばないために事前に杖を用意しておいたという解釈。8と真っ向から対立するところが面白い。杖を事前に準備していたことに力点がある。
結論
「先」のせいで4つパターンが考えられてしまうのでは?
ということで、4つの可能性を見てきた。
ここでは、身体が転びそうになったときに、杖のおかげで転ばなかったという【身体性】主体の考え方、転びそうになったその先に杖があったという【杖】主体の考え方、杖のおかげで転ばなかったという【結果】主体の考え方、事前に杖を用意していたという【原因】主体の考え方の4つが可能となる。
一体、「転ばぬ先の杖」の「先」とは何を指しているのか? ことわざの意味としては「事前に…」というニュアンスがあるから、【原因】パターンが王道のような気もするが、同時に他の候補だって遜色がない。いくつかの意味に跨っても構わないとも思う。
私はこれがいっつもわからない。
悩んでしまって、もう一生「転ばぬ先の杖」は使いたくないし実際使えない。
よくわからない恐ろしい言葉であると思う。