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「液化天然ガス」の言葉としての面白さ
はじめに 液化・天然・ガス
「神聖ローマ帝国」が神聖でもないしローマでもないし帝国でもないと言われることがある。
これと同じくらいポテンシャルを持っている言葉として、個人的に推薦したいのが「液化天然ガス」だ。
「液化」と「ガス」
まずこれがやばい。ガスってのは基本的に気体だ。くもじいみたいなやつだ。
特定の性質を持つ気体を〇〇ガスということもあるだろう。
液体は、個体ー液体ー気体とかなり厳密に物質の三形態として分類されており、気体とは異なる存在として位置付けられる。
「液化ガス」はこの基本的な分類を易々と乗り越える単語だ。一言で矛盾している。もちろん社会で特定のガスの需要があって、その運搬のために液化させているという事情はわかっているつもりだ。
ところがなぁ。やりすぎでしょ。「液化おなら」ってただの下痢でしょ。「液化スケートリンク」はただの湖でしょ。「液化くもじい」はただの水溜まりでしょ。
普通はこのロジックは破綻する。
そーいう意味で、「液化ガス」はなんだかはぐれメタルみたいな存在だ。
「天然」と「ガス」
これはレトロニムというやつだ。
「レトロニム」とは旧来からある「もの」や「概念」が、新たに誕生した同種の区別されるべきものの登場により、区別されるために用いられる「新たな表現や用語」のことである。
おそらく「ガス」は本来自然に存在していたものだ。ところが科学技術が進歩するなかで、特定の気体をなんらかの用途に用いることが多くなった。その際に科学的な合成や処理がなされることも多かっただろう。
次第に人工的に生成され使用されるガスが趨勢を占める様になった。
ところが未だ、私たちは地面からじわじわ出てくるガスに需要を見出している。これを指して「天然ガス」という。
もともとあったのにわざわざ「天然ガス」と言われている。
「液化」と「天然(ガス)」
これも地味にやばい。本来、「液化」は「天然ガス」にかかるからガスに括弧をつけてみたりしているのだが、今回の論点ではどちらでも大丈夫だろう。
すなわち液化した時点で加工してるから天然じゃなくなってないか? というわけだ。いやわかるよ、天然のものを液化させたってことは。でもそれなら天然ってつけなくても良くなりますよね? という話。
とんでもねえエネルギー使ってるぞこれ。めちゃくちゃ冷やしてる。冷え冷えである。パピコだとかスイカバーだとかのレベルじゃねえってことは文学部出身の俺でもわかる。
これって加工してますよね?
おわりに 銃・無縁・液化・病原菌・公界・天然・鉄・楽・ガス
じゃあどうすればいいか? この神聖ローマ帝国みたいな日本語おかし矛盾固まり単語である「液化天然ガス」をどう治療してやればいいのか?
それは何も考えずにLNGと呼べばいい。
もちろんLiquefied Natural Gasとかの概念はバッサリと捨象する。ここではアルファベットの音だけを持つ特性にあずかろう。ただ単純にLNGとする。
ただの発音。これを天然ガスを冷やして液体化させたものの呼び名にしよう。
いいですか。言葉の意味を一切考えないでください。そして、言葉とそれを指し示すものだけを直線で認識してください。それ以外の事柄を一切考えないでください。
天然ガスなのに人工的に冷やして液化したとか、元々地面からわんさか出てるのにわざわざ天然ガスって呼んでるとか、液体なのにガスなのとか、そういう余計なことは一切考えないでください!!
「液化天然ガス」の言葉の意味を考えなければ、これまで通り安寧に暮らせるのです。
考えるな。意味を。使え。ガスを。