裁判だ! あっついお湯に手を入れろ! 盟神探湯〈くかたち〉をする際のテクニック6選
はじめに 有罪無罪を「熱湯」で決める! アチアチ裁判〈盟神探湯〉!
みなさんは盟神探湯(くかたち・くがたち・くかだち)をご存知でしょうか。高校日本史で習う、あれです。罪を犯したか否かを、アツアツの熱湯に手を入れて判断するものです。
もし手を入れた者が無罪であるならば、神様が火傷から守ってくれますよ。もちろん嘘をついていたり、罪を犯していたりすれば、火傷を負うことでしょう。
盟神探湯は『日本書紀』に記される伝説的な3例のほか、類例として室町時代、特に第6代将軍の足利義教の代に「湯起請」として実施されたことで知られています。
皆さんの中には、突然上司から「盟神探湯・湯起請をやれ!」と言われて困っている人もいらっしゃるのではないでしょうか。本稿では盟神探湯を行う側になった場合の考え方や注意点についてご紹介します。
また本稿では、盟神探湯でも湯起請でも、あなたが突然アチアチのお湯の中に手を入れて裁判することになってしまった場合について、いくつかのソリューションをご紹介します。
なお本稿の作成にあたっては清水克行『日本神判史 盟神探湯・湯起請・鉄火起請』(中央公論新社、2010年、中公新書2058)を参考としています。わかりやすい具体例と文章とで当時の社会を私たちに語りかけてくれています。おすすめです。
1 みんなお湯が熱いのはわかってます
古代人も室町人も、お湯があっついのは多分わかってます。そんな中に手を入れたら火傷するのもわかっています。
神様のご意志ということで理論武装? してますが、普通にやったらお湯があっつくて火傷するのはみんなわかってます。この厳然たる事実をテコにして、盟神探湯や湯起請をする際にはいろいろなテクニックや火傷回避方法を考えることができるのです。
以下に見ていきましょう。
2 盟神探湯を行う側のテクニック
2-1 相手を脅す
裁判沙汰なった際に使える方法です。
「おい、盟神探湯やろうぜ! 神様に誓う起請文書いてよぉ〜〜〜〜ッ、アチアチのお湯を用意してよお〜〜〜ッッ!! やろうぜぇ〜〜〜〜〜〜〜ッッ!?」と相手に自信満々に伝えてください。
相手はビビります。あいつなんで絶対火傷するのにこんな自信満々なんだ? と疑心暗鬼になります。
中世の湯起請でも、争論の一方から湯起請を申し出ることがあります。結果、相手方が湯起請の場に現れなかったという事例があります。相手方が来ないわけですから裁判は勝訴です。こうした事例から脅しとして盟神探湯・湯起請を持ち出しているパターンがあるのでは無いか、と考える研究者もいます。
現代でもこのやり方は可能です。堂々と盟神探湯を持ち出して、相手をビビらせてやりましょう。
2-2 お湯の温度を下げておく
あっついとされるお湯の中の石を取れたら、その人は無罪となります。これを利用します。お湯をぬるくしておけばいいのです。
これは主に盟神探湯を主催する側の取りうる手段です。
無罪にしたい人のお湯をぬるくしましょう。例えば、お湯を入れた器を二つ(あるいは複数)用意することで、ぬるいお湯と熱々のお湯を準備できます。あるいは、中国の火鍋みたいなセパレイト型の器を用意するなどこっそり器に細工をして、部分的にぬるい部分を作ることも出来るでしょう。
盟神探湯に参加する側の場合、立会人である陰陽師や巫女を買収しましょう。陰陽師や巫女の親族や主人に、自分の主人など権力者を通じて話をつけておきます。この点については3章でもう少し具体的に考えてみますので、よろしければそちらもご参照ください。
2-3 その裁判をどうしたいのか? という視点から
2-2では、あえてお湯の温度を下げることで、盟神探湯を通じて無罪であることを示す方法を紹介しました。
これは逆の手段としても使えます。誰かを有罪にしたい場合はお湯をアチアチにすればいいのです。
あるいは、陰陽師や巫女、周囲の人間が火傷をしているかジャッジしますので、このタイミングでうまいこと「火傷してませんね〜〜〜」とか「あっこいつ火傷してますぞ〜〜〜〜っ」とかやれば有罪無罪をコントロールできるのです。
ここで重要なことは、あなたはこの裁判を通じて争いや犯人探しにどう決着つけたいのか? を明確にしておくことです。
有罪にしたい人、無罪にしたい人を誰にするか、周囲の権力者や村の人々の考えも汲みつつ判断する必要性があります。たとえば3人の容疑者がいた際、彼らを全員無罪にすることで「この村に悪人はいなかったんだ」と結論を持っていくことも時には必要となるでしょう。あるいは、どうしても犯人をひとり挙げなければならないという場合は(本当に犯人かどうかは別として)、一つだけお湯をあっつくする必要があるでしょう。
意外に盟神探湯をやりたいのは一番トップの上司だけで、中間管理職や争いの当事者、周囲の人はこれを望んでいないケースが多くあります。この場合、全員のお湯をぬるくしたり、あるいは盟神探湯自体を取りやめることも想定してください。
湯加減は共同体の意向次第なのです。
3 盟神探湯をさせられる場合の対処法
次に、争っている相手方や、裁判の担当者から「盟神探湯」をやれ! それで決める! と言われてしまった場合について対応を考えます。
3-1 逃げます
特に係争中の相手方から言われた場合、このことをまず考えてください。2章で論じたことですが、相手が自信満々にこれを言ってくる場合、ブラフであるケースもあるのですが、その自信の背景に盟神探湯を担当する裁判官や陰陽師と裏ですでに通じている可能性を見とってください。
つまり、全てが仕組まれている可能性を考えてください。
全て仕組まれていてあなたの味方はおらず、相手のお湯がぬるく、あなたのお湯がアツアツの可能性が十分に考えられます。
これは真面目に対応しても火傷するだけですので、とっとと逃げるのが良い方法です。
3-2 権力者に取り入る
もしあなたが何らかの権力者に連なる存在であるならば、3-1の構造を逆に利用できる可能性があります。
あなたが裁判の担当者や市議会議員などその地域の有力者と結びついていたり、特定のお仕事で彼らに奉仕しており、なくてはならない存在だった場合、盟神探湯を有利に進めることができるかもしれません。
あるいは盟神探湯を中止にできる可能性もあります。
また、盟神探湯をしたいと上級権力者が考えている場合であっても、その下の実務担当者レベルではそう思っていないケースを前章で紹介しました。このあたりも事前に情報を掴んでおけば、盟神探湯に臨んだ際にお湯が結構ぬるいかもしれないという判断をしやすくなるでしょう。
よく言えば人的ネットワーク。ちょっと悪い言い方をすると「コネ」。普段からのあなたの力量が試されています。難しければ無理せず3−1の手段をとってくださいね。
3-3 日本国憲法第三十二条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。
私たちの生きる現代日本は憲法により保障された裁判所があります。盟神探湯なんかしなくても、三権も分立しており、司法は客観的に理非を判断できるよう制度設計されています。
そのため盟神探湯をさせられそうになった場合、「裁判所で裁判をする方が良い」と訴えることは極めて重要な手段です。
実は日本国憲法なんてない室町時代であっても、このように考える人が少なからずいたようです。すなわち、十分に過去の資料や状況などを吟味して、それでもわからない場合にはじめて盟神探湯(湯起請)に頼るべきだ、という考えがあったようなのです。また、係争中、不利な相手方が一発逆転を狙って盟神探湯(湯起請)をしたいと述べる事例も見られます。
冷静に考えて、アチアチのお湯で裁判の結果がわかるわけがありません。室町人は目に見えない神仏に恃まざるをえない部分ももちろん多いのですが、まずは根拠や経緯に基づいた判断を試みていたのです。私たちもそうした室町人の精神に学ぶところがあるのではないでしょうか。
終わりに 押すなよ! 絶対に押すなよ!
いかがでしたか。盟神探湯(湯起請)で火傷するのは怖いですよね。その恐怖心で脅すことで犯人をあぶり出したり、共同体のなかで犯人や無罪の人を決めたりと、揉めごとを解決する手段として盟神探湯(湯起請)は役割を果たせます。もし皆さんがそれを行わざるを得なくなった場合、ただ熱いお湯に手を突っ込ませるのではなく、こうしたメタな視点で課題解決を図りたいものです。
余談となりますが、神道では「湯立」という神前に湯を沸かして禊・祓をおこなうことが行われており、盟神探湯(湯起請)との関連性が指摘されています。近年には企画や商品の成功を宣伝するため、ある一定の決まったプロセスを経て3人組の神官が儀式を行い、そのうちの1人が熱湯風呂に潜り大きなリアクションを取ることで、神と通じて企画や商品の成功を祈る儀式が行われていました。その美しい所作は周囲を和ませ、笑いと安心感を生み、神もまた彼らを愛しました。これもまた湯立の一種と考えられます。R.I.P.