四角い仁鶴はむしろ四角く治めるべきだったのではないかと、今更ながら思う
今はなきNHKの番組「バラエティー生活笑百科」。3代目笑福亭仁鶴が言う決め台詞「四角い仁鶴がまぁーるくおさめまっせぇ」が有名な番組だ。
顔の四角い笑福亭仁鶴が物事を丸く収める。四角と仁鶴で韻を踏んだ上で、四角と丸で対称を描く名台詞だ。
ところが私はいつも、丸く収めるってのは現代社会では極めて難しいのではないかと思っている。
なぜなら、世の中のものはかなりが四角いからだ。パソコンの画面に始まり、今目に付くとことだとティッシュの箱、本、名刺、キーボード、レターパックライトなど、身の回りのものは四角いものが多い。
一方で丸いものもないわけではない。コップ、お皿、トラックボールなどなど。ただ全体としては、四角いものが多い。
土地とかもそうだ。四角四面。
それで、四角いものには特徴がある。あるものを大量生産し切り分けた時には、四角い形の方が断然効率が良い。だから大量生産物の規格品は四角い形が多い。一方、丸いと絶対余りが生じてしまう。大量生産時代の現代は、物品の製造・輸送・保管のいかなる観点からも四角いものが尊ばれる。
家の中のものもそうだし、例えばマンションなどの集合住宅もそうだ。まん丸のマンションがあったら、丸と丸の間の空間がもったいない。土地もそうで、四角い土地の方が分配や分割、あるいは統合がしやすい。まん丸の土地があったら、権利関係がめんどくさい。
ということで、人間が取り決める権利の範囲というのも四角四面の方がいい。
さて法律というものは文章で書かれるので、丸とか四角とかはないのだが、図形で例えるとどっちかというと四角のタイプだ。余地を残さず解釈をするために、四角四面に論を張る必要がある。余地の生まれる丸は、法律っぽくない。四角くできた法律の隣には、やはりしっかり四角く別の法律がある。法律の内部には、四角く切り取られた条例などより小さな取り決めが、すっぽりおさまるイメージだ。
いくら丸く収めるという慣用句があるとは言え、現在の複雑な社会を切り取る法律は、余地を残さない四角くあるべきと思う。
だから四角い仁鶴が四角く収めるべきだったと今でも思う。
逆に言えば、世の中四角のものが多すぎる。四角のものを積み上げたり並ばせたりしてスペースを充填することが多すぎる。
自然のなかに遊びに行くのが好きな人は、四角の魔力から逃れるためにそうしているのかもしれない。