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「ベンチ」という言葉は、実はメチャクチャ面白いのではないか?


はじめに 「ベンチ入り」って意味不明だ ベンチに入るのか?

ベンチは座るものだ。長い感じの、何人か座れるあれだ。

野球場やサッカー場では控え選手や監督の座るベンチがある。だから「ベンチ」が比喩で用いられることがある。今日はそれを腑分けしてベンチの未来について考えてみよう。

監督やコーチのいる「ベンチ」

「ベンチから指示が出ていますね」「ここで選手交代。ベンチは勝負所と考えているようです」

みたいに、監督やコーチの指示や戦略が、彼らがいる場所から比喩となり「ベンチ」が用いられることがある。

ベンチが喋ったりベンチが戦略を練っているわけではない。ベンチに座ってる監督やコーチがそうしているのだ。

ベンチ

控え選手を指す「ベンチ」

ベンチを温めるという比喩表現がある。英語のベンチウォーマーが日本にもそのスポーツと共に入ってきているのだろう。

ここではベンチは補欠選手を指す。

やや細かい話になるが、補欠のベンチは良い場合でも悪い場合でも使われる。

たとえば、名門校のチームだと選手層が厚いから、ベンチ入りを果たすことが目標になることもあるだろう。1、2年生など下位学年の生徒がその目標を掲げることも少なくない。

一方でスタメンになれない、というネガティブなイメージでもベンチは使われる。万年ベンチ、などはそうしたネガティブな用例だ。

ベンチ

登録人数の上限を示す「ベンチ」

上のベンチ用例と似て非なるものがある。試合をする際に登録人数が定められているスポーツは多い。野球やサッカーなどがそれで、実際に試合に出る人数よりも多く、登録人数が設定されている。

ベンチ入り、という言葉はこの登録人数に入ることを意味する場合がある。

「今日のベンチ入り選手は以下の通りです」と言われた時に、スタメンと補欠、すなわち試合に出られる権利を有する全ての選手が含まれる。

つまり今までのことをまとめると、「今日のベンチ入り選手」のなかに、スタメンとベンチがいるのである。

ベンチ入りしているなかにベンチがいる。ベンチがベンチに入っているのである。そしてベンチからの指示を受けてベンチからでて試合に臨むことがある。そしてみんなベンチ勢はベンチに座っている。

皆さんに、ベンチが持つ言葉の魅力を少しでも伝えられたのではないかと思う。

ベンチ

「ベンチ」の未来

ベンチという言葉が結構やばいことを紹介してきた。このヤバさ加減を増強するプランをここでは紹介したい。

1 スポーツ以外で使う

現在のところ「ベンチ」はスポーツのスタメン/補欠、監督・コーチあたりでしか使わないけど、これを拡張すると面白いかもしれない。

たとえば宇宙飛行士がいいだろう。宇宙飛行士には補欠みたいなのがいるそうだ。だからスポーツの構造をトレースしうる。

さぁ本日宇宙に旅立つのはAさんです。今回の飛行のサブメンバーであるBさんCさんがベンチから見守っています!! 管制塔のベンチから通信がAさんに地球を飛び立つ前の最後の通信が入っています!!

なんと自然な表現だろうか。これは使えそうだ。

要するに、メンバーが選抜されうる全てのところに「ベンチ」用法は使いうる。

ベンチ

2 ベンチのないスポーツで使う

ベンチにはスタメン、補欠、監督の概念があるから、たとえベンチがなくともベンチ的表現を使うことができる。ベンチがなくたって、私たちはベンチ的発想をこなすことができるということだ。

相撲で例えるのが一番おもしろそうだ。

さあ、幕内土俵入りです。ベンチ入りを果たした力士たちが入場してまいりました!

さて、大関が土俵下のベンチに入りましたね。向正面の〇〇親方は大関育ての親。優勝がかかってますから鋭いですがどこか暖かな視線を向正面ベンチから送っています。

みたいな、全然ベンチのないところでベンチを使えると、ベンチは最強になるだろう。

ベンチ

おわりに

ベンチ概念が、ベンチを使わないスポーツや、その他の分野で使用される可能性は全然低くない。

ところが「猛き者もついには滅びぬ」という言葉もある。

逆にここまで意味が拡散してしまったベンチは、もはやベンチではなく、言葉として今見てきたようなしたたかさや面白さを失性してしまうかもしれない。インフレで貨幣の価値が下がるように、使われすぎて言葉としての価値が下がるかもしれないということだ。

いずれにしても、ベンチとその概念に今後も期待して、観察を続けたい。

ベンチ


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