見出し画像

「客寄せパンダ」がネガティブな表現になっているのに若干納得がいっていないのは俺だけか?

客寄せパンダ。俺はすごいことだと思うぞ。


はじめに 客寄せパンダのニュアンス

「客寄せパンダ」という言葉がある。実力が伴わなず、容姿など他の話題で人気を得ている人や存在を揶揄するニュアンスを持つ言葉だ。

いつもぎもんなのだが、この実力が伴っていないのにカッコよかったり可愛かったりで人気を集めるという箇所は、「客寄せパンダ」の言葉としての歴史のどの段階で現れてきたのだろうか?

客寄せパンダの事例

客寄せパンダの「パンダ」は、1972年に国交が正常化して中国から送られてきたパンダのことだ。カンカンとランランは上野の動物園で大変な人気を博し、長蛇の列を形成させた。

客寄せパンダを言葉として定着させたのは田中角栄だ。日中国交正常化の際の総理大臣であり、1981年の東京都議選で自民系の候補を応援するために参陣。「私は人寄せパンダ。頼まれればどこへでも行く。」と語ったそうだ。この言葉が多くの人に広まり、やがて客寄せパンダという言葉になっていったのだろう。

さてここまでで、客寄せ(人寄せ)パンダになった存在を確認してみよう。

・パンダのカンカンとランラン
・田中角栄

こいつら、逆に実力めちゃくちゃ高くないか?

パンダたちは日本に初めてやってきたパンダで子供から大人までを魅了した。動物園の人気にも寄与したし、日中国交正常化という政治的な役割も果たした。パンダとして実力発揮しまくりだ。

田中角栄は私が語るまでもない。叩き上げで総理になった人物。隠に陽に、どこまでも政治力を発揮し戦後日本のある時期を強力に引っ張った男だ。めちゃくちゃ実力があるじゃねーか。

真の「客寄せパンダ」は誰なのか?

カンカンとランラン、田中角栄。こいつらは「客寄せパンダ」の元祖的存在でありながら、実は「客寄せパンダ」の要件を満たしていない。実力が伴い過ぎているのだ。

では真の意味で、人気はあるけど実力は伴わないパンダはいつ現れたのだろうか?

実は田中角栄をめぐっては、1981年の都議選は自民が負けたとの記述がある。調べてみたところ自民は以前より3議席減らしたとのことで、自民にとっては追い風になった選挙だったことは相違ない。田中角栄が客寄せパンダとしてやってきたにも拘らず自民は議席を伸ばせなかったため、このあたりから「客寄せパンダ」に実力が伴わないというニュアンスが含まれるようになったのかもしれない。

そうであったとしても、田中角栄が人気ばかりで実力がないとは、何人たりとも評さないだろう。田中角栄は実力も人気もあったはずだ。

私は不思議でならない。「客寄せパンダ」の初期の事例を見ていると、むしろ実力に溢れるパンダや角栄が名を連ねている。一体いつから実力と人気が乖離した存在に「客寄せパンダ」と言うようになったのだろうか。

もし「客寄せパンダ」の具体的な事例や歴史に詳しい方がいらっしゃったらご教示賜りたい。

いいなと思ったら応援しよう!