「引っ張る」って不思議な言葉だ。
足や足以外を引っ張ると妙な化学変化を起こすぞ。
足を引っ張る
他人の行動を阻害する行為を例えて「足を引っ張る」という。
ところがなのだが、「チームを引っ張る」だったらどうだろうか?
途端に優れたリーダーのような印象をもたらしてくれる言葉に様変わりする。
「引っ張る」には先導して人々を導くニュアンアスがある。
おかしな話だ。何が何だかわからなくなる。何を引っ張るかで意味が変わってしまう。
いろいろ引っ張ってみよう
引っ張ったらダメなやつ
「足を引っ張る」みたいに引っ張るのがダメな例を考えてみる。
一番は肘だ。
「掣肘(せいちゅう)」という言葉がある。これは「肘版足を引っ張る」的な言葉だ。
勉強してる時とか料理してる時に、肘引っ張られるとかなりいやだ。ということで「足を引っ張る」とほぼおんなじ意味になる。ぶっちゃけ「掣」は引くという意味だ。ということで肘を引っ張るとダメ。
おそらく、体の一部はどこでもダメな気がする。
耳を引っ張る。お前は耳なし芳一に対する平家の怨霊か!!!
ちんこを引っ張る。物理的にはこれが一番いけない。多分、足を引っ張るとか掣肘とかの最上位互換だ。仕事中にちんこを引っ張られたら、俺は何もできなくなる。
和尚が芳一の身体の中でちんこにお経を書き忘れたわけではなかったことが、今本当に良かったと思うよ、俺は。まだ耳でよかった。
鼻とか眼球とか腎臓とかでも考えてみたのだが、大抵身体の何かを引っ張るときはダメな気がする。
引っ張ってもいいやつ
次に引っ張るべきものを考えてみよう。
野球チーム。野球チームを引っ張る。これはいい。
会社。会社を引っ張る。社長とか営業のトップとかのイメージだ。
多分、人間が何人かいる場合で目的がはっきりしているケースでは、劇的に「引っ張る」が良い意味で使われるように思う。
何を引っ張るか、善悪の皮一枚
不思議な言葉だ。身体だと、人の邪魔をする言葉になる。同じ人間なのに何人か集まった時に引っ張ると、人を導く言葉になる。
そして善悪のない引っ張りももちろんある。
例えば地引網だ。もちろん魚が獲れることは良いことなのだが、地引網を引くこと自体には善悪はない。引き出しを引くのもそうだ。つまり普通の引っ張りもあるということだ。
おわりに 全日本綱引選手権大会 2015年 決勝
「引っ張る」は妙な魅力を持つ言葉であることを紹介してきた。
最後に、これら全ての「引っ張る」が一堂に会した事例を紹介して本稿を締めたい。
2015年、駒沢オリンピック公園総合運動場体育館で全日本綱引選手権大会男子決勝が行われた。対戦チームは皆さんご存知、滋賀の雄BIWAKO同志会と驚異の優勝7回を誇る長野の進友会。いくどとなく激戦を繰り広げてきた二つの巨勇が、この年もぶつかった。
まず単純に、両者は綱を引っ張る。動画を見て欲しい。両者の実力はあまりに拮抗し、引っ張っているのに微動だにしない。しかし時の流れは連続する。水面下で我々には思いもよらない何かが起こっていた。次第に動きが生まれ、結果がついに出る。それを3本先取で戦い抜く。まるで神事を見ているかのような力戦を目の当たりにできるだろう。ただ、ここでは漢たちが綱を引っ張っているだけなのだが、ひたすらに美しいことが起こっていた。
そして二つのチームは、ただ単純に引っ張っているわけではない。みんなが一丸になって日本一という大きな目標にチームを引っ張っている。監督やリーダーがいる。彼らが加熱する戦いの中で冷静な判断を下す。チームの牽引役がぶつかり合っている様子もYouTube越しだが十分に伝わってくるのだ。
最後に。進友会は応援団がいる。彼らは謎のリズムで太鼓と鳴り物とを叩き、「進友会」と定期的に発声し応援している。実はこれはかなりグレーゾーンなやり方と思っていて、進友会を応援しつつ進友会に有利なリズムを作り出している。応援で敵の足を引っ張る作戦だ。応援の成熟から強豪チームの風格をかぎ取ることも可能だろう。
綱引きという単純な引っ張りを極めると、引っ張りの全ての意味を引っ張り出せるのだろう。