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人を殺しちゃった宮崎さん
かつてフリーランスのディレクターをしていた頃に書いた文章
時々明け方に目が覚めて、
腹が立って眠れないことがある。
そんな時にはどんな夢を見ているのだろうか、
夢の内容は覚えていない。
僕はフリーランスで仕事をしているので、
仕事の現場ではなるべく人と揉めないように心がけている。
次に仕事がもらえなくなる、
という心配もあるのだが、
そんなことより、
僕には会社組織という後ろ盾がないかわりに、
その分、会社の看板を背負っているという責任もなく、
一度ブチ切れたら、際限なく、
どこまで「やって」しまうかわからなくて、
それが心配という気持ちの方が大きいのだ。
こんなことを言うと
「またまた、そんな度胸もないくせに」
というようなことを言う人がいるのだが、
「それなら試してみますか?」という話なのである。
しかし、それは「試しにやってみる」には、
あまりにもリスクが大き過ぎることなのだ。
「殺すぞ」と脅して、
本当に殺してしまったストーカー事件が最近起きた。
というか、こういう事件はよく起きている。
「殺すぞ」という言葉を発してしまった瞬間、
いや、音声として発することがなくても、
頭の中で電気信号としてその言葉が閃いた瞬間に、
その言葉は怨念の言霊として、
その言葉を発した(思った)人の行動に
影響を与え始めるのではないだろうか?
以前、わずらわしい人間関係が嫌で、
ハローワークの求人募集を見て、
福岡の志賀島の漁師の仕事に就いたことがある。
その職場に僕より一ヶ月遅れで入って来た、
僕より10歳年上のMさんという人がいるのだが、
そのMさんが、過去に「やり過ぎて」、
人を殺したことがある人だった。
3年の懲役を終えて刑務所を出てからすぐに、
ハローワークで見つけた漁師の仕事に就いたわけなのだが、
もちろんMさんはそのような「経歴」については隠していた。
Mさんは所謂「やくざ」ではなかったのだが、
それに近いような境遇とマインドで生きてきた人で、
過去に4度の結婚と3度の離婚を繰り返し、
彼いわく「相手は全員美人ばかり」で、
そして彼いわく「どの女も俺の超絶セックステクで俺にメロメロ」、
だったそうで、4度目の奥さんに鹿児島でスナックのママをさせていた。
そのスナックにシャブ中の男が包丁を持ってフラフラと入ってきたので、
とっさにその包丁をとりあげて応戦したところ、
「やり過ぎて」その男を殺してしまい、
裁判で正当防衛を主張したが、過剰防衛で懲役3年。
出て来て福岡の兄の家に居候しながら漁師をやっていたのである。
この話は仕事の帰りに一緒にうどん屋に立ち寄った時に、
その店に昔彼の舎弟だったという人が偶然来て僕達と同席し、
Mさんとお互いの近況報告をし合っている中で出て来た話だった。
僕はMさんと2ヶ月間くらい一緒に仕事していたのだが、
この殺人事件の話を聞いたのは1ヶ月目くらいのことで、
実際に人を殺したことのある人なんて、
そうそうお目にかかれるものではないので、
それから1ヶ月、彼を観察させてもらった。
漁師という仕事自体が死と隣り合わせの仕事なので、
それほどMさんが「怖い」という感じはせず、それよりも、
Mさんの「自分を殺して」漁師たちに気に入られようとする様が、
なんと言うか「悲愴」な感じがした。
鹿児島の妻の元にも帰りにくい。
福岡の兄の家に居候し続けるのも居心地が悪い。
もしこの仕事を辞めさせられたら後がないので、
Mさんは必死にコマネズミのように働いていた。
そして「先輩」の僕を追い越して、
明らかに漁師たちに気に入られつつあった。
僕はといえば、
漁師たちの荒っぽい作法について行けず、
漁師たちも「大卒の兄ちゃん」とどう接していいかわからず、
職場でちょっと浮いていたのだが、
Mさんは僕を「舎弟」のようなものとして、
漁師たちの気に入るように躾けるというようなことまで、
陰で漁師たちと約束していたようで、
なんとなく風当たりと居心地が良くなかったので、
試顧期間の3ヶ月が終わる時に僕はその仕事を辞めた。
それから1年くらい経って漁師の人から電話があり、
Mさんが最近漁師を辞めて、前の奥さんとは離婚し、
新しく知り合った女に居酒屋をやらせているので、
一度一緒に店に行こうと誘われた。
僕は仕事が忙しかったので行けなかったが、
その後教えられた辺りを探しても、
その店を見つけることはできなかった。
Mさんは気が小さく、ささいなミスをしても、
「どうしよう」とパニックになるような人だった。
例の事件の時も店に包丁を持った男が現れ、
気が動転して、気が付いたら相手は、
血まみれで床に倒れていたのだろうと思う。
僕は気が小さいということはないと思うけど、
不自然に心を抑圧された状態が長く続けば、
それがブチ切れた時には何をしてしまうかはわからない。
以前東映系列の会社に勤めていた縁で、
健さんの任侠映画のファンになり、それ以来僕は、
「男は辛抱だ。辛抱に辛抱を重ねて、
それでもどうしても許せない時は、
立ち上がって戦ってもいい、
そしてその時は、徹底的にぶちのめす。」
というのを基本方針として生きて来た。
おそらく世の中で起きて、
報道などを通じて知る事件のほとんどは、
僕やMさんのような、普段はおとなしい人間が、
ある日突然豹変して起こしているのではないかと思う。
だから僕は今日も、
ささやかな対立さえ避けて生きようとしているのだが、
心の中のどこかでは矛盾が生じているらしく、
時々夜中に腹が立って目が覚めてしまうのである。
この文章を書いてからもう7年経ちますが、いまだに夜中に腹が立って眠れないことがあります。