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映画「凶悪」について

映画「凶悪」を見て、
なんとなく気になって、
この映画の原作になっている、
『凶悪 -ある死刑囚の告発-』(新潮45編集部編、新潮文庫刊)
を読んでみました。

マンガを原作にしている映画もそうですが、
映画化するにあたって、
原作にはない設定や登場人物が、
新たに加えられる場合があります。

しかし、それが加えられることで、
原作よりも映画のほうが良くなっている、
ということは、あまりないように思います。

映画「凶悪」においても、
なぜこんな設定なのだろうか、
なぜこのような描写なのだろうかと、
疑問に思う部分があり、
原作でもそうだったのかを、
確認したくなったのです。

その結果、原作にはなかった設定として、
まず、事件を告発する「死刑囚」が、
刑務所の中でキリスト教の牧師の影響を受け、
だんだん性格が柔和になっていくという設定。

そして、「死刑囚」が逮捕される前に、
自分の舎弟を拳銃で射殺するという設定。

事件を取材する記者が、
母親の介護を巡って、
妻とトラブルになっているという設定。

などがつけ加えられていることを知りました。

確かにこの設定を加えることによって、
ストーリーがより解りやすく、
かつドラマチックにはなっていますが、
逆にその弊害として、
ストーリーが火曜サスペンスのような、
ありがちな紋切り型になっていると思います。

せっかく原作が、
戦後裁判史においてもあまり例のない、
犯罪者が自分の刑が確定するより前に、
その刑が重くなるリスクを犯しながら、
自分の余罪を告白するという、
稀有なケースを扱っている小説なのに、
それに余計な枝葉を加えることによって、
映画全体が、よくあるテレビドラマのような、
薄っぺらなストーリーになってしまっているということは、
とても惜しいことだと思いました。

とくに、原作では
「死刑囚」が「先生」を告発しようと決心したのは、
面倒を見てくれとお願いしていた自分の舎弟が、
「先生」に見捨てられて自死してしまった、
ということが一番の動機になっているのに、
その舎弟思いの「死刑囚」が、逮捕される前に、
自分の舎弟の一人を射殺するという設定は、
「死刑囚」のキャラクターがちぐはぐになってしまうと思いました。

しかし、原作には書かれていない場面として、
保険金殺人をした後の「死刑囚」が、
部屋で線香を焚くというシーンがあるのですが、
線香を焚くところまでは原作にもありますが、
その線香を焚いている「死刑囚」に、
情婦が同情するという描写が、
映画には加えられています。

もうひとつ、同じ保険金殺人を決行する前に、
舎弟が殺す男と釣堀りで話すシーンも、
原作にはまったく出てきません。

ストーリー全体からすれば、
あってもなくてもいいようなシーンですが、
このような、冷酷な殺人鬼にも、
少しは人の心が残っていたというような描写を、
あえて加えている監督の、
「優しさ」のようなところには好感を持ちました。

原作の文庫本には、
リリー・フランキーが演じた「先生」と、
ピエール瀧が演じた「死刑囚」の、
実物の写真も載っていて、
どちらも映画よりもリアリティーがありました。

この文庫本はベストセラーだったこともあって、
ブックオフで108円で入手できました。
それでここまでの体験をできるのだから、
いい買い物でした。


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