過ぎし日の栄光

これは2016年5月のこと

数日前うちの事務所のソファーに、
といってもしょぼくれた事務所の
しょぼくれたソファーですが、
そこにしょぼくれたオッサンが座っていました。
対応していたお義母さんは
別の電話にかかっており、
オッサンは所在なさげにしていました。

僕は奥さんの車の運転手で
すぐに出なければならず、
戻って来た時にはオッサンはもういませんでした。
後から聞いたところ、そのオッサンは、
近所のアパートに住んでいる人で、
熊本地震で住んでいる部屋の出入り口が
閉まらなくなって、
管理会社に連絡したところ、
そちらに行けるのは3ヶ月後になります、
ということで、その後何の対応もないから、
どうにかして大家に連絡を取りたいと、
近くの交番に行ったけど対応できないと言われ、
しかたなくうちの不動産屋に来ていたそうです。

それは元々そのオッサンをアパートに仲介したのは、
うちの不動産屋で、その後大家が、
アパートの管理を大手の不動産屋に委託したので、
うちの不動産屋とは今は取引がないのです。
オッサンもその事情は知っているのですが、
うちが義理人情に厚いというか、
頼まれたら余計なことまで引き受ける、
前時代的な不動産屋だと知っているので、
ついつい頼って来ていたのでした。

しかしそれは先代までのこと、
今のうちは三代目のバリバリクールな、
僕の奥さんが実質の経営者です。
オッサンが手持ち無沙汰で、
タバコに火をつけた瞬間、
うちの奥さんが「禁煙です!!」と、
強い口調で言い、
オッサンはあわてて、
事務所の外に出ていきました。

事務所の出入り口付近で、
ショボショボとタバコを吸っている、
そのオッサンの横を通って、
僕と奥さんは車で内覧に出かけたのですが、
途中、車の中で、
「本当にお母さんは、ああいう人にも、
いちいち対応するからキリがなくて・・・」と、
お義母さんに対する愚痴が始まり、
なかでもなんやかやと
くだらない電話ばかりしてくる、
フクナガさんという人の話になって、
「本当にああいう人って、
何考えて生きてるんだろうね、
地震で死ねばよかったのに」と、
フクナガ不要論まで飛び出し、
「おいおいそれは言い過ぎだろう」と思いましたが、
面白いので黙って聞いていました。

実はうちの事務所にはつい数日前まで、
昭和50年代からの契約書が、
すべてロッカーに保管してあったのですが、
そういう書類の保管義務は契約後10年までで、
震災を機にそういう書類の大整理をして、
古い書類は溶解処分用の箱に
詰め込んだばかりだったのです。

その箱を開けて探せば、
そのオッサンの契約書も出て来て、
大家の連絡先もわかるはずですが、
そういう情報はある意味個人情報なので、
簡単に人に渡したら、
今度はうちの不動産屋が責任を問われるような、
世知辛い世の中です。

結局そのオッサンには
なんとか説明して帰ってもらったそうですが、
もしお義母さんが自分の判断で対応していたら、
そのオッサンを大家のところまで、
連れて行ってあげていたと思います。
うちの奥さんから怒られるので、
最近お義母さんはそういう行動を控えているようです。

僕はそういう山本周五郎の小説に出てくるような、
義理人情に厚い市井の商売人には、
共感を持つほうなのですが・・・
義理人情といえば、そのオッサン、
かつては小さいヤクザの組の組長をしていたそうです。

今では生活保護をもらい、
地震で骨組みが歪んでしまうような、
安アパートに一人で暮らしている、
ショボいオッサンが、
かつては熊本で小さな組の組長をしていたなんて、
矢野組のお竜さん
(藤純子が演じる「緋牡丹博徒」の主人公)
みたいじゃないかと、
東映任侠映画ファンの僕は、
密かに胸を熱くしていたのでした。

かつてのヤクザの組長でも、
生活保護をもらえるなんて、
日本の福祉も充実しているなあと、
少し感心しました。

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