あいつどうしているだろう

これは6年前、2014年の12月29日に、Facebookに書いた投稿
この時は福岡市に住んでいた。

うちの奥さんの実家は熊本で、
お正月やゴールデンウィークやお盆には休み一杯実家に帰る。
前は夫婦ではなかったので、
奥さんが一人で帰っていたが、
今は夫婦なので、僕も一緒に行くことが多い。

奥さんは意識せずに、
自然に我が家の周りに結界を張ってくれているらしく、
かつては、奥さんが実家に帰った途端に、
ガラスを割られて空き巣に入られたり、
変な出来事が起きたり、
困った人から電話がかかってきたりしていた。

数年前にも、奥さんが実家に帰っている時、
僕が自宅に戻ってくると、
マンションのエントランスで、
知らないおばあさんから話しかけられた。

「あの、うちの息子が家に鍵をかけてですね、
家に帰れないんですけど、どうしたらいいでしょう?」
家はどこかと聞くと、同じマンションの10階だと言う。
「部屋は何号室ですか」と聞くと、
「ああ、何号室だったでしょうか、思い出せません」と言う。

「家には息子さんしかいないんですか」と聞くと、
「主人は入院していまして、息子だけです」と言う。
「家に電話をかけてみたらどうですか、
電話番号は何番ですか」と聞くと、
「えっと何番だったでしょうか、思い出せません」と言う。

ちょっとおかしな人なのかなとも思ったが、
気が動転しているだけなのかもしれないとも思い、
当時はエントランスに公衆電話があって、
電話帳も置いてあったので、
その人の名字を聞いて、
電話帳に載っていないか探してあげた。

言われた名字が何軒か載っていたので、
「旦那様のお名前はなんというんですか」と聞くと、
「えっと、なんだったでしょうか、
思い出せません」と言う。
おかしいのは息子ではなく、
この人の方なんじゃないかなと思った。

そもそも息子なんているのかな、いや、
このマンションに住んでいるということだって、
本当かどうかわからないなと思った。
その名字の中にうちのマンションの住所の人がいたので、
「旦那さんは・・というお名前ですか」と聞くと
「ああ、そうだったような気がします」と言う、
「じゃあ、この番号にかけてみたらどうですか」と言うと、
「お金を持っていない」と言う、
僕が10円を入れてあげたら、
「ダイヤルを回せない」と言うので、
代わりにダイヤルを回してあげたら、
どうも息子が電話に出たようなのである。
「どうしてあなたはそういうことをするの・・・」
というようなことを話していたが、
結局電話を切られてしまったらしく、
「どうしましょう」と言うので、
10階のその人の部屋まで付き添った。

途中のエレベーターの中でも、
「あの子は学校の成績も良かったのに、
どうしてこんなふうになってしまったんだか、
弟は東京で働いているんですけどね・・・」と、
延々と身の上話をされた。

部屋番号は思い出せなくても、
部屋の前までは行くことができ、
チャイムを鳴らすと玄関まで息子が出てきて、
ドア越しに話はするのだが、鍵を開けてくれない。

「あなたの心がけが悪いから、
僕はこうしているんだよ・・・・」というような、
よくわからないことを言っているので、僕が、
「同じマンションに住んでいる者ですが・・・」
と声をかけると、鍵が開いて息子が出てきた。
おばあさんが「なんなのよ、あなたは、
鍵なんかかけて・・・」と言うと、
息子が「だから、あなたの心がけがね・・・」と、
さきほどの話を繰り返した。

とりあえず僕の役割は終わったと思い、
「僕はこれで失礼しますよ」と言って、
その場から立ち去ったのだが、
おばあさんも息子も、僕には一言のあいさつもなく、
玄関口で口論を続けていた。
おばあさんは80代くらいで、軽い認知症気味。
息子は50代くらいで、軽い精神障害みたいな感じ。
おじいさんは入院中なのかと思うと、
なんとも言えない虚しい気持ちになった。

この先、この親子の人生が、
何かいい方向に変わることがあるんだろうか、
こんな街の真ん中のマンションの10階に住んで、
普段の暮らしはどうしているんだろうか、
しかし、同じマンションにどんな人が住んでいるかなんて、
まったく知らなかったけど、
うちのマンションは古いマンションなので、
新築時からずっと住んでいる人には高齢な方が結構いる。

その一件以来、近所で息子の姿を見かけるようになった。
というか、以前から見ていたのだろうけど、
特に意識していなかったので、気付かなかっただけなのだろう、
意識して見ると、息子は何かブツブツ言いながら歩いていたり、
近所のコンビニの店員に、
わけのわからないクレームみたいなことを言っていたり、
コンビニの中を歩きながら、携帯で、
おそらく警察署と思われるところに電話していて、
「僕はね、あなたの仕事を手伝ってあげようと思って、
こうして電話しているんだよ、
うちの近くに路上駐車している車があるんだけどね・・・」
というような話をしていたり。

「ああ、またあいつか」と僕は思っていた。
あいつも明らかに僕のことを意識しており、
目が合ったら話しかけられそうなので、
あいつを見たら目を伏せて、
速足で通り過ぎるようにしていた。

ところが最近、あいつをまったく見なくなったのだ。
どうしているのだろう。
ついにおばあさんまでが入院して、
あいつは親戚にでもひきとられたのか、
あいつもどこかの施設に入ったのか、
まさか部屋の中でおばあさんと二人とも衰弱死、
いや、発作的におばあさんを殺してしまい、
自分も首を吊って・・・
などと不吉なことも頭をよぎるが、
僕に何かできることがあるわけでもない。

九州にしては比較的街中に住んでいるので、
まあ、ドライに、クールに、
アーバンライフな感じでやっていこうと思っている。
明日から奥さんは熊本に帰省するので、
僕もついて行く予定です。

これから6年が経っている。今僕は熊本で暮らし、福岡のマンションはオフィスとして賃貸で貸していて、今オーナーチェンジで売りに出ている。あのマンションとの縁は、もう切れたも同然なので、あいつは今どうしてるかなんて、知る由もないし特に知りたくもない。しかし僕は今、高齢者のご自宅に宅配弁当を届ける仕事をしていて、同じような感じの高齢者の何軒かのご家庭と関っている。そして僕の母も結構な認知症状態で、ますます身近な問題になりつつあるのだ。大晦日にはその地獄の家庭に帰省する。

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