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ハンカチ落とし

トーク履歴を削除して、ブロック削除した。
写真も全部消した。
その日は少しだけ泣いて眠りについた。

大人になるってすごいね。
ちゃんと次の日のことを考えて、涙もコントロールできるんだから。

わたしはハンカチをよくなくす。それも涙を流す日に限って。
ものがなくなるのは持ち主を悪いことから守って、身代わりになってくれていると言うけど、あの日なくしたハンカチはわたしを何から守ってくれたのかな?
それとも、泣くなってことだったのかな。

そう。悲しむべきではなかった。怒ればよかった。
怒りのエネルギーは生のエネルギーだから、わたしの原動力になったはず。

「コケにしやがって、それでいいの?ぶん殴ってやればよかったのに」

事の顛末を伝えた時の友達の言葉だ。
そう。確かに正しく怒ればよかったのだ。

最低だ!ろくでなし!二度と顔見せるな!死んでしまえ!

そう思えたらよかった。
けれど、恐ろしいほどの悲しみしか感じなかった。
胸の奥に穴が空いているのに、そこにとめどなく重い液体が流れていく。
ふとした瞬間消えてなくなるのに、気づくとまた穴に液体は溜まっていく。

どれくらい耐えたらこの苦しみから解放される?
いつまで永遠に終わらない、過去と未来のたらればを繰り返せばいい?

どうして隠し通してくれなかったのか。
わざわざ指輪を外してきたくせに。
知らなければ楽しいままでいられたのに。

悲しい。悲しい。戻ってきて。
来てくれないならせめてわたしのことを死ぬまで忘れないで。
きみを世界でいちばん幸せにできたのはわたしだったよ。

あぁ、選ばれないとはこんなに惨めなことだったなんて。

声をあげてしゃくり上げ、嗚咽をあげながら泣いたのは自宅に戻ってからだった。

涙を拭うハンカチは無数にあっても、涙を止められるきみがいなければ、涙もわたしの世界も枯れ果てるまで、空虚な穴は広がるばかり。


きみが拾ったハンカチはわたしのじゃなかったんだね。



*5日目


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