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【映画】〜「楽園」から「地獄」へ〜 『ビヨンド・ユートピア 脱北』レビュー


2023年公開 アメリカ映画(日本では2024年に公開)

北朝鮮からの脱出(脱北)を試みる人々と、それを支援する牧師に密着したドキュメンタリー映画。

去年の段階で見たかったけどチャンスを逃し、たまたま最近入った配信サービスでやっていたので視聴。


1.内容紹介(ネタバレなし) ~北朝鮮脱出の実状~


この映画の何がすごいって、再現映像は使わずに、全編を通して実際の映像が用いられている点だ。脱北者に撮影隊が同行するパート、韓国から支援する牧師を映すパート(後に彼も合流する)、すでに脱北した人たちのインタビュー、さらに北朝鮮の実情を映した映像などからなる。

ところでみなさん、脱北者の人たちって韓国との国境を渡って韓国に逃れると思っていませんか?私もこの映画を見るまではそう思っていました。でも実際は違うみたいです。韓国と北朝鮮の軍事境界線付近には無数の地雷が設置されているため、そこを通って渡るのは不可能に近いとのこと。したがって彼らが目指すのは中国との国境になります。
ただし、じゃあ中国に逃れればそれで終わりかというと、全然そうではなくて、むしろここからが大変です。中国と北朝鮮は友好国ですから、見つかれば中国の警察によって北朝鮮に連れ戻されてしまいます。(実際に映画の中でも強制送還された人もいました。)また、北朝鮮は脱北者を捕らえた者に対して報奨金を支払っているらしく、一般の中国人も脱北者にとっては脅威となります。当然、連れ戻されれば厳罰が待っています。韓国に亡命しようとしたことを吐くまで徹底的に拷問され、その後はよくて強制労働、最悪の場合は処刑されてしまいます。

ではどうやって脱北者は韓国に逃れるのか?ここには脱北ブローカーという存在が大きく絡んでくるようです。脱北ブローカーとは、脱北者をあちこちに売り飛ばすことで利益を得る業者のこと。若い男性なら労働力、若い女性なら未婚男性、あるいは性風俗に売ることが多いようです。そして、こうした適齢期を過ぎた人たちは、ブローカーにとっては中国国内での価値がないと判断され、金銭と引き換えに韓国への亡命を手助けすることになります。今回登場するキム牧師も、金を払う代わりにそうした脱北者を韓国に迎える手助けをしている人物です。
(なぜ彼がそんな危険なことをしているかというと、彼の奥さんもやはり脱北者であること、また教会の活動で中国と北朝鮮の国境付近に行ったとき、身寄りのない脱北者の子供を多く見たことが原点だと紹介されていました。)

そんなキム牧師が今回支援する脱北者は4人組の親子です。構成は、母親とその子供2人、さらに彼女の年老いた母。子供と老婆は先ほど述べたように需要がないため、ブローカーからキム牧師に連絡があった模様。事情を聞く限り、一家の父親が先に脱北したことで北朝鮮国内での立場が苦しくなり、今回の脱北に至ったとのこと。大勢のため見つかるリスクを考慮して、車を使って瀋陽を経由して青島に向かい、そこで父親が合流、さらに中国国境を越えたベトナムでキム牧師が合流して、ラオスを抜け、タイに向かうという果てしないルートを選択します。ただし、ベトナムとラオスも中国と関係が深い国のため油断できません。

中国・瀋陽から青島、ベトナム、ラオスを通りタイへ抜ける脱北ルート
(Google Mapを基に筆者が作成)


2.内容紹介(ネタバレあり) ~脱北一家の行く末は?~


一行は車中泊を繰り返しながら無事中国を抜けます。その後ベトナムとラオスの国境地帯まで進み、キム牧師と合流、一時的に隠れ家に潜伏します。初めて見るテレビや初めて食べるお菓子、初めて見る緑の自然に一時の安らぎを得ることができたのもつかの間、今度は徒歩で国境の山を越えることになります。子供と老婆を抱えて夜の山道を何時間もかけて越えるという、考えただけで気の遠くなる行為ですが、現地の警察にも気をつけねばならず、さらに、本来協力者であるはずの現地ブローカーが同じ山道を何度も回らせ、余計に金を取ろうとします。(彼らさえも決して脱北者の味方ではないのです。)結果的に、彼らは10時間もかけてなんとか山を越えることに成功します。
その後ラオスでも隠れ家と車中泊を経ながら、ついにタイとの国境付近にまで到着。タイは中立国のため、そちらに着いたら警察に捕まり亡命を申告するよう牧師は説明し、彼らに国境のメコン川を渡らせます。ついに、北朝鮮からの「脱出」に成功したのです。

3.脱北者の本音 ~なぜ彼らは国を捨てねばならないか~


このように、脱北は大勢の協力者と長距離に及ぶ移動ルート、それに大きなリスクをはらむ、極めて危険な行為なのです。特に北朝鮮は年々脱北に対する締め付けを強化しているらしく、近年ますますこの行動は困難になってきています。そうまでしてなぜ、彼らは脱北したがるのでしょうか?それはやはり、飢餓と政府の抑圧に苦しんでいるからです。特に今回の家族のように、身内に既に脱北者がいる場合、いつ逮捕されて殺されてもおかしくない、非常に不安定な立場に追い込まれているのです。こうした状況から逃れるには、たとえ大きなリスクをとってでも北朝鮮を抜けるしかないのです。たとえそのせいで殺されることになっても。そう、まさに進むも地獄、残るも地獄です。

ラストシーン、脱北に成功した後の家族が、車の中で他愛もない話をするのですが、ふと北朝鮮に残してきた犬の話になって、「一緒に連れてくれればよかったね」と言って、そこから「学校の友だちに会いたいな」とか「ご近所の人たちどうしてるかな」と、今では遠くなった祖国に思いを馳せ始めます。そして最後にみんなで北朝鮮の歌を歌い始めるところでこの映画は終わります。
私たちにとっての北朝鮮は、軍事力で国際秩序を脅かす無法国家で、国民はその駒として洗脳され、圧政に苦しめられてる存在として映るでしょうし、実際にそうなのでしょう。それでも、たとえそんなダメダメな国であっても、彼らにとっては、生まれ、育ち、学び、友人や家族と過ごした、紛れもない祖国なのです。そんな自分にとっての大事な国を捨てる決断が、どれほど辛いものか、この場面一つで察するに余りありました。決して、脱北してよかったね、という簡単な話ではないのです。

4.感想 ~自分事として考えてみると~


この映画を観て誰もが思う感想だと思うが、改めて、自分が死の恐怖を感じることもなく、食べ物も豊富にあって、娯楽も移動の自由もある、この当たり前に思ってきたものがいかに尊いかということを再認識させられた。たまたま生まれてきた国が違うだけでこうも変わるものなのだろうか。そりゃもちろん、物価高に対する不満だとか、仕事に対する不満だとか、嫌なことも挙げたらキリがないくらいある。でも北朝鮮の人たちの実情を見たら、そんな悩み吹き飛んで消えてしまう。
私たちは死ぬことはないのだ。少なくともそんな簡単に人が死ぬ社会になってない。このことはとてつもなくありがたいことだと思う。

そう考えたら、私はこれからリスクを取ってある行動を起こそうとしているが(犯罪とかじゃないですよ!(笑) 詳しくは自己紹介のページを見てください)、そんなリスク、鴨緑江を渡る決断に比べたら屁みたいなものだ。脱北者に話したら笑われそうなくらい小さな決断だ。だって死なないんだもん。死ぬシステムになってないもん。なんかそんなふうに考えて、俄然やる気になってきた。私は私のやることをしっかりやろう、それが私の「生きている」証明になるから。

自己評価

4.0 (5点満点中)
全編本物の映像を使っており迫力満点!自分の幸せを改めて実感できます。ぜひご覧になってください!







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