【創作BL|サンプル】僕らの夕日と終着点【文フリ札幌9】
**サンプルのため冒頭のみ**
プロローグ
街灯がまばらな海近くの車道を走っている。家を出てからもう十分程経ったろうか。息を吸う度に喉が切られるようだ。
右手に持った金属バットは記憶にあるよりも小さかった。若干の心許なさを感じているが、汗で滑る度に握りなおしている。
背負ってきたボディバッグにはポリ袋と包丁、新しく買った白いハンカチが入っている。これで大丈夫なのだろうかと自問するが、そもそも確証もないのだから無駄なことだった。
満月が空に浮いて静かな日は人っ子一人外にはいない。波の音がおどろおどろしい程に聞こえている。
満月の日は外に出てはいけないと小さい頃から言い聞かせられて育った。飲んだくれの男も若い人たちも満月の夜は外に出歩かない。そんな風習のあるこの町に感謝する日が来るなんて思っていなかった。
思い出すのは小さい時のこと。言いつけを破って海まで歩いた行ったあの時もこんな夜だった。あの時見た神々しい景色は色あせることがないままに思い出せる。
足を止め、砂浜に降りる階段を前に深呼吸をする。足は痛く、心臓はバクバクと音を立てて、金属バットを握る右手も震えている。
馬鹿なことだと自分でも分かっている。確証なんてない。非科学的で、幻想めいた、ただの信仰心なのかもしれない。でも、それに縋るしかなかった。
だって失いたくない。苦しむ音を聞きたくない。相手がそれを望んでいなくても、ただ生きて欲しい。
階段を降りる。砂浜に一歩踏み出す度に足元が沈んでいく。靴の中に入ってきた砂が気持ち悪い。
砂浜を進んだ先にあるむき出しの岩場は、満潮の時に取り残された魚を求めてカモメが集まる場所になっている。今日はカモメはいない。別の存在がいる。あの夜と同じように。
月明かりだけが頼りになる程、暗い場所。真っ黒い海がさざめいている中で、朧げな影がこちらを向いた。
その影は動かない。来ることを分かっていたかのように動かずにこちらを見ている。
あの日見た神々しさと恐ろしさを思い出す。これは恐ろしいものだ。畏怖すべきものだ。
今すぐにでも走って逃げてしまいたい。何も見なかったことにして家に戻って呼吸を確かめたい。
それでも、自分の目的のためにこれを殺すと決めたのだ。
また一歩、前に進む。また一歩。
それは動かない。その顔がはっきり見える距離になっても何も言わず、視線も動かさず、真っ黒な目に俺の姿を映している。
出会い
「経営学科に入る花岡達大(たつき)です。よろしくお願いします」
六人一組になって丸テーブルに集まって一人一人挨拶していく。ぼっち回避のために参加した入学前の集まりが始まってから三時間が経っていた。大人数でのレクレーションの後、昼食を挟んで、軽い大学の説明、そして個別のテーブルの交流会が始まった所だ。同じように参加している人の顔には疲れが滲んでいる。
学科混合で開催されているこれは友達作りを目的にしているらしい。テンションの高い先輩が新入生に話しかけてはテーブルの会話が進むように促して回っている。上手く話しが出来ている場所もあれば、行ったことはないけどイメージだけある合コンの様相をしているテーブルもある。
このテーブルはイマイチ会話進まずに先輩が定期的に顔を出している。
「えっと、隣の県から受験したので入学後は一人暮らしになります。自炊とか色々不安なんですけど、頑張りたいとおもいます」
一人挨拶をして、その人に残りの五人が質問していくだけなのに、その質問が出てこない。もう既に二人挨拶をしているけど、質問を出しているのは今挨拶している花岡君と俺ばかりだ。
「はい、質問。この家事は出来そうとかありますか? 」
「えっと、掃除機掛けは多分大丈夫です。一番不安なのか洗濯です」
照れ臭そうに笑う花岡君は髪を茶色に染めていて、頭のてっぺんが黒くなり始めていた。卒業式後すぐに染めたと言っていた。入学前に染め直さないと入学式には立派なプリンだろう。
「えっ、ご飯づくりじゃないんだ」
「まぁ、火を通せば食べられるかなって」
自炊が不安と言っていたのに一番不安なのは洗濯って面白い。家事を自分でやらない俺が何言ってるんだって感じだけど。
「あのー、他に質問ありますか? 」
困ったように花岡君は他の四人に話かける。既に挨拶が終わっている二人は疲れ切っているのはぼやっとした顔をしている。残りの二人と言えば、一人はずっと愛想笑いをしていてなにも言わず、一人は興味がないのかずっとむっすりと不機嫌そうにしている。
「町村ちゃんも一人暮らしだったよね。花岡君にアドバイスどうぞ」
沈黙が続いて花岡君が可愛そうになってきた。少しテンション高めに挨拶が終わっている町村ちゃんに話を振ってみる。
「えー、特に思い浮かばないです、炊飯器はちゃんとしたやつ買った方が良いとは聞いたことがあります」
へらへらと笑って当たり障りない返答が返ってきた。それ、この前SNSで出てたやつじゃん。むっすりとした顔を誤魔化すようにへらへら笑って返事を返す。花岡君を伺えば人好きのする笑顔で、町村ちゃんの言葉にありがとうと返している。人の返答には不満を持たず返事が出来る聖人君主か何かに見えた。
自己紹介する人の交代の合図が出る。ろくに会話が起こらないまま終わった花岡君は苦笑いしている。
「じゃあ、次俺ね。黒部朗(あき)仁(と)です。高校の時はロッジと呼ばれてました。よろしくお願いします。地域文化学科です。実はコミュ障なんで優しくしてください」
誰かしら笑うだろうと思ったけど、案の定笑ったのは花岡君だけだった。正直どうなんだと思いつつ、花岡君がいてくれて本当に助かった。
その後、残り二人の自己紹介も花岡君と二人でどうにか場をつないで何とか終わった。隣に座る花岡君も疲れた表情をしている。
先輩方の説明を聞き流しながら小さい声で、花岡君に疲れたことの同意を求めれば、小さく頷いた。
「次は、今日の感想を二人一組になって話してみて欲しいと思います。その後、アンケートを取るのでそちらも回答お願いします」
自己紹介をしたグループをさらに三つに分ける。上手く話が出来ていた所は誰と組むかを決める声が聞こえるが、このグループは悩むことなく決まりそうだ。
「じゃあ花岡君、俺と組もうね」
言った瞬間によろしくと返ってくる。
「俺が声かけようと思ったのに」
なんてちょっと不満そうに笑った。残りの四人も適当に組んでグループを作るだろう。渡された紙にマジックペンで名前を書いて、肩を寄せて今日の事を話した。
アンケートも提出して帰れる頃には、外は夕暮れだった。西日が暴力的に射し込んでくる。
花岡君は帰るのに二時間かかると言っていた。自宅に着く頃には真っ暗だろう。
「黒部君、今日はありがとね」
「花岡君もありがとう。今から駅行くんでしょ、途中まで一緒に行こ」
荷物をまとめて二人で会場を出る。当たり障りのないレクレーションの感想と言って大学から離れる。それとなく周りを確認して、町村ちゃん他自己紹介のグループの人がいないか確認した。
「マジであの自己紹介はないわ」
「あれ大変だった。話してたの黒部君と俺だけじゃんね」
微笑み爽やか王子様っぽく振舞ってた花岡君から少し険のある言葉が出る。なんだ、普通にムカついてたんだ。
「俺ああいう集まり苦手。ぼっちになりたくて来たけど」
「分かる。なんか参加必須っぽく書いてたから来たけど、別にそうでもなかったし」
隠せなかった溜息とげんなりした顔を見る。聖人君主君よりもこっちの方が良い。
そこそこ愚痴って、大学周りの店を軽く紹介する。あのスーパーよりも、もっと奥にある八百屋さんの方が安いとか、少しでも花岡君の記憶に残れば良いと思って喋った。
そうこうしてるうちに本当は分かれるはずだった交差点を抜けて駅に着いた。
申し訳なさそうに謝る花岡君に大丈夫だと、話せて楽しかったと伝えて、駅前で別れる。
花岡君が切符を買っているのをチラ見しながら、売店に走る。急いで会計を済ませれば、花岡君はまだ改札の前にいた。
後ろから肩に手を置いて声を掛ける。びっくりして振り向いた。
「これから二時間かかんでしょ。あげる」
「びっくりした。なんかごめん。大丈夫だよ」
よっぽどびっくりしたのか、手をわたわたと動かしながら話す姿はリスとかちっちゃいネズミみたいだった。
「まぁまぁ、ありがたく貰ってよ。なんだったら四月にお金返して」
おにぎりとお茶が入った袋を押し付ける。
「ほら、もう電車入って来るよ」
軽く背中を押して促した。何回も振り返りながら連絡通路を走っていく姿を改札前で手を振って見送った。
途中でグーグー空腹を訴えていたのは言わなかった。だって聞かれるのは恥ずかしいじゃん。
今日は正直そんなに楽しくなかった。けど、四月は楽しみだ。きっと花岡君は律儀だから、お金を返そうとしてくるんだろうな。
「あっ、連絡先聞くの忘れた」
花岡君を乗せた電車がスピードを上げて駅から出ていく。やってしまった失敗に思わず声が出た。その場にしゃがみ込みたくなるのを抑えて、一呼吸。
絶対見つけてやる。ストーカーっぽいなと自分でも思った。もう少し話したいし、話を聞きたい。
一年生が取る授業は似たり寄ったりになると先輩達も言っていたから何かしらの授業は被るはずだ。見つからなければ経営学科の必修科目の教室に張り付けばいい。
そう思うと急にわくわくしてくる。スキップしたい、ひと目がなければ小躍りしたっていいかもしれない。話のネタに一人暮らしのライフハックでも調べておこうか。
頭の中はお祭りの前にやりたいことを並べる子どものようだ。したいことがあれもこれもと浮かんでくる。
日も暮れた帰り道、ひと気がない事を確認して、へたくそな足取りで地面を軽く蹴り上げた。
続きは9/22 11:00-16:00開催の文学フリマ札幌9での販売となります。
スペースは「う-30」です。ぜひお立ち寄りください。
イベントの詳細は以下のリンク先でご確認下さい。
文学フリマ札幌9 – 2024/9/22(日) | 文学フリマ (bunfree.net)
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