
【論文解説】社員の「睡眠不足」が企業の特許数を減らす
「社員の睡眠不足が、企業の特許数や革新的なアイデアを大きく減らす」――そんな興味深い研究結果があります。本記事では、De Bruyn & Freed (2025) の論文から、どうして睡眠とイノベーションに関係があるのか、どんな背景や発見があるのか、そして私たちがどんな点に注目すればよいのかを、わかりやすくご紹介します。
研究の背景
睡眠不足の問題
私たちの仕事や学習、そして新しいアイデアを生み出す力(創造性)は、脳のコンディションに大きく左右されます。脳の疲労回復や記憶の整理・定着には十分な睡眠が欠かせないとされますが、忙しい日々や生活リズムのずれなどによって、十分な睡眠をとれていない人は少なくありません。創造性とイノベーションの関係
個人の「ひらめき」や「独創的なアイデア」が集まって企業のイノベーションが形づくられます。しかし、睡眠不足によって脳が疲弊すると、複雑な課題への集中力や、新しいアイデアを思いつく力が落ちることが、これまでの実験研究でも示唆されてきました。では、この影響が実際の企業活動としてどれほど大きいのか、実証データを用いて調べたのが今回の研究です。
論文の発見
睡眠不足の地域では特許数が減る
アメリカ国内で「サンセットの時間帯」が異なる時差境界付近に着目し、社員の平均的な睡眠不足が起こりやすい地域の企業を調べたところ、そうでない地域と比べて“取得できる特許数”が顕著に減っていることがわかりました。具体的には、夜の睡眠時間がわずか30分ほど短いだけでも、企業全体の特許出願数やイノベーション成果が下がる傾向が見られたのです。新規性が高い特許ほど打撃を受けやすい
特に、いわゆる「ブレイクスルー」や「画期的な発明」と呼ばれるような、新規性の高い特許において顕著なマイナス影響が認められました。より高度な創造性を要するイノベーションほど、睡眠不足の影響を受けやすいと考えられます。研究開発に注力する企業ほど生産性が下がる
研究開発投資を重視している企業、つまりイノベーションを主要な成長エンジンとしている企業では、生産性の低下がいっそう大きくなりました。これは、単調な業務よりも高度な知的作業が多いほど、睡眠の質が業績に直結しやすいことを示唆しています。
なぜ影響があるのか
脳の創造性と集中力の低下
睡眠不足になると、アイデアを結びつけたり、新しい発想を思いつくための認知処理が阻害されます。また、複雑な課題に粘り強く取り組む力や思考の柔軟性も下がり、結果的にイノベーションの源である「良質なアイデア」が生まれにくくなると考えられます。反復的な検討作業(アイデアのブラッシュアップ)の停滞
アイデアは思いつくだけでなく、検討や修正を重ねて完成度を高めていく必要があります。しかし、睡眠不足だと意欲や集中力が落ち、この継続的な作業プロセスもスムーズに進まなくなり、イノベーションの最終成果を減らす要因になります。
まとめ
睡眠不足によって創造性と生産性が低下し、企業のイノベーション成果にマイナスの影響が及ぶことが明らかになりました。研究開発を重視する企業ほどその打撃は大きくなるため、「柔軟な勤務時間の導入」「従業員の睡眠管理や健康支援」といった対策は、単なる福利厚生ではなくイノベーション競争力を高める意味でも大切です。
「イノベーションは“睡眠”から――社員をしっかり休ませることこそ、新しい価値を生み出す近道です。」
参考文献
De Bruyn, G., & Freed, P. G. (2025). Workforce sleep and corporate innovation. Research Policy, 54, 105191.