おいしい朝食

キッチンでは朝食を作る物音がしていた

リビングに広がるいい匂いが新しい朝を包んでいる

もし誰かに妻と結婚した理由を尋ねられたら

「朝食がおいしかったから」

僕はきっとそう答えるだろう

別にすごい豪華だったとか

すごい手が込んでいたとか

そういうわけではなかったけど

焼き魚に卵焼きみたいなシンプルなものが

どういうわけかびっくりするくらいにおいしかった

これまで食べてきたことのある料理なのに

その隠されていた部分を知ったような

本当の姿を見たような、そんな不思議な感じがした

驚きながら食べたその朝食は

忘れられない特別なものになって

今も記憶に残っている

食事を終えた後は体の内側の膜が柔らかく

緩んでいくような心地良さがあって

「おいしいものを食べると幸せになる」

どこかで聞いたそんな台詞が

本当のことであると、この時初めて実感した

特別おいしいものは見えない部分も健康にしていく

そこで僕は彼女にプロポーズをした

言葉はするっと口から自然と出て来たものだった

彼女は吹き出すのを抑えながら慌てて

「なんでこのタイミング?」と言ってこちらを見た

「今作ってもらった朝ご飯がものすごくおいしかったから」

初めて食べた手料理を指差してそう言うと

彼女は笑いながら「こんなの誰が作っても同じようなものだよ?」と言った

平凡なものが特別に感じるのは

かけがえないものがそこにあることを知らせる

何よりも貴重なサインだった

「でも僕にとってはこれが特別なんだと思う」

その言葉を聞いた彼女は

しばらく黙ってこちらの瞳を覗き込んでから

納得したように頷くと

「いつも不健康そうにしてて気が気じゃないところもあったからね」

と言ってから、よろしくお願いしますと言って少し頭を下げた

それに応えるように「こちらこそ末長くよろしくお願いします」と言って寝癖混じりの頭を下げた

人生の劇的な瞬間は間の抜けた伸びやかな朝の中で

いつも通りの二人の間を優しくゆっくりと過ぎていった

誰かのために用意される食事には体に沁みるような暖かさがある

キッチンの物音が静まるとテーブルの上には

出来立ての料理が並び出す

「それじゃあ食べよっか」

いただきます。二人で手を合わせると

出された料理を口に運ぶ

今でも変わらない「おいしい朝食」が

1日の始まりを支えていた

湯気をあげる朝食とそこに詰まった温もりが

今日も僕の命を暖める





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