1シーン
テーブルの上はグラスと食べかけの料理でごった返していて落ち着きが無い。
「ねぇなんかテンション低くない」
「いやまだそんな酔ってないからさ」
「じゃあもっと飲も飲も」
すでに酔っ払った明美が異様なテンションで近づいてくる。細い体をしていても寄り掛かられるとそれなりに重かった。香水の甘い香りがタバコの煙と混ざって鼻の内側にこびり付く。
「そいえば今日悠太は来ないの?」
押し付けられたグラスに入っているハイボールを一口含んでから聡は明美に尋ねた。
「なんで私に聞くのよ。知らないよそんなの。今いないなら来ないんじゃない?」
「なんでって、仲良かったじゃん。というか付き合ってたんでしょ」
「いつの話よ。私たちが中学の時ってもう十年以上前だよ」
「まぁそうだけど。中学の奴らと集まるから連絡とったりしたのかと思った」
「ないない。それに悠太はもう結婚してるから、こういう集まりにも中々参加しずらいでしょ」
明美は長細いグラスに入ったモヒートを飲み干す。
「そうだよな。悠太ももう結婚してるんだもんな」
聡はグラスに浮かぶ氷をくるくると回して沸き立つ泡を眺めていた。
「そういえば麻奈も結婚したらしいよ。この前連絡きた」
「えっそうなの。何だよ全然知らなかったわ。でも幸せになったなら良かったわ」
「あんた達も中学の時はラブラブだったのにねぇ」
「それこそ十年以上前の話だけどね。それにただ好きなだけじゃ関係は続かないでしょ」
冷えてパサついたポテトを咥えながら聡はつまらなさそうにこぼした。
長テーブルの周りで好き勝手に繰り広げられる会話は雑音という名のBGMになっていた。向けられた言葉以外は届かない五月蝿くて静かな空間だった。
「そうねぇ。だから私も彼氏と別れることになったのかな。好きではあったんだけどね」
明美は新しく注文したジントニックの入ったグラスを抱えながら片手で焼き鳥を持ってひとかけずつ口へ運ぶ。
「その理由は分からないけど、そういうこともあるんじゃないの。俺も経験者だから気持ちは分かるよ」
「聡ってそんな経験豊富なの?」
「そういうわけじゃないよ。ただこの十年間何も無かったわけじゃないからさ。明美だってそうでしょ」
「んーどうだろうね」
明美はコースターをくるくると回しながら片手間に応えると持っていたグラスをテーブルに置いた。
「結構飲んだ気がする。なんかもう頭重くなってきた」
そう言って明美は自分の頭を乱暴に聡の肩の上に乗せた。見事に染まった金髪が聡の首筋に触れる。
「そういえば聡ってさ、今彼女いるの?」
聡の位置から明美の表情は見えなかった。
「いないけど」
そっか、と言うと明美は聡の膝の上に手を乗せて右の頬に軽くキスをした。驚いて聡が見下ろすとそこには桜色に染まった明美の顔があった。
「今からお店出るって言ったら付いて来てくれる?」
聡の耳元で明美がつぶやく。聡は汗をかいてテーブルを濡らしたグラスを手にとってその中身を飲み干して空にする。思いがけない夜がすぐそこまで来ていた。