筆、搭乗拒否。
なんと、文章をなかなか書けなくなった。
人生最大のスランプである。こんなこと、今まであったか?
書きたいことはそれなりにたくさんある。Evernoteに「書き起こしリスト」は作ってあり、そこには沢山のメモを書いている。
しかし、それをnoteに移そうとすると、これが難しい。
当然アプリに責任をなすりつけることはできない。noteはなんにも悪くない。
原因はただ一つ。文章を公開する、ということにまとわりつく「責任」に、チャーシューよろしく縛り上げられていることである。
ある命題に関して、何か論じようとするとき、「別角度からの視点が抜けてるんじゃないか」とか、「バイアスがかかってるんじゃないか」と感じてしまい、「うーん。要検討。」とEvernoteに格納し直してしまうのだ。
ここ数日の脳内議会にて、この病気への対症療法を詰めていたのだが、議論は遅々として進まなかった。しかし漸く、この問題の解決策は、「割り切る」ことだというところまで全会の一致を得た。
どんなに学ぼうと、結局物事の全ての面を知ることはできない。自分の目でなく、ネットで情報収集した時点で、その情報の発信手による意図的・無意識的双方のバイアスがかかる。
そもそも、僕が発信する以上、僕の価値観、僕が所属する社会によるバイアスはどうしてもかかる。「完璧なフラットさを保った意見」なんてありやしないのだ。
と、まあんなことは百も承知なのだが。でも、その「かたより」を少しでも拭いたくて、唸りながらEvernoteと睨めっこしてしまう。
しかしこうして一本書き上げることができたのは大きな収穫である。皆さん大いに褒めていただきたい。褒めて調子に乗るタイプなので。是非とも。
まあ、もともと「書く」ためにはそれなりの準備、それなりの熟考が必要なのは間違いないだろう。案外、ポンポン書けなくなったのは良い兆しなのかもしれぬ。
ただ、書きたいことがダダ漏れ、溢れに溢れ、そのまま筆がノリノリになるあの感覚、好きなんだよなぁ。
あと、最近フィクションを書いてないので、久々にそちらも書きたい。執筆途中の小説もあるので。
近況ですが、漢検の勉強、運動、読書ともにサボりがちです。誰か鞭打ってくれ。あと腰のマッサージを。
ほんならまた(千原ジュニア風)
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