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【対談 #03】自然の産物と対話し調和する。木地師・戸田勝利の仕事。

山中漆器と山中温泉の魅力をさまざまな角度からご紹介する「CRAFTOUR」のnote。vol.4では「CRAFTOUR」主宰の篠崎健治さんが山中漆器のキーマンたちを訪ねる対談シリーズをお届けします。

今回のお相手は、1970年創業の「白鷺木工」3代目・戸田勝利さん。山中漆器のベースとなる丸物木地(まるものきじ)を製造する戸田さんに、家業を継いだ経緯や木地へのこだわりを伺いました。

【プロフィール】
戸田 勝利 / とだ かつとし
1979年生まれ。市役所勤務を経て、家業を継ぐため木地師の道へ。国産原木の仕入れから仕上げ挽きまでを一貫して行う他、山中漆器の自社ブランド「SHIRASAGI」も手がける。


日本を代表する木地師との出会い

篠崎:木地師の多い山中温泉でも、原木の買い付けから行う「白鷺木工」のような木地屋さんは貴重な存在です。創業されたのは戸田さんのお祖父さんなんですよね。

戸田:そう。じいちゃんは木地屋がたくさん住んでいた石川県大内村の出身で、ダム建設で村がなくなることになって、山中に移り住んで始めたのが「白鷺木工」。ちなみに大内村は住民の8割が木地屋だったらしい。たぶんうちは先祖代々、木地師をやってきたんじゃないかな。

篠崎:じゃあ安土桃山時代とかまで遡れちゃうかもしれませんね。戸田さんはもともと市役所で働かれていましたけど、最初は家業を継ぐ気はなかったんですか?

戸田:ない。親父にも何も言われなかった。けどやっぱり公務員はあんまり性に合わんかったね(笑)。

篠崎:(笑)。継ごうと思ったきっかけは?

戸田:市役所の伝統工芸と絡む部署の人に「山中漆器の職人とつながりたいから取り持ってほしい」と言われて、その流れで木地師の佐竹康宏さんと話す機会があったんよ。もう亡くなられてしまったけど、康宏さんは親父の同級生で、当時「白鷺木工」で材料を買ってくれたりもしていた。

篠崎:佐竹康宏さんといえば、日本を代表する木地師の一人ですね。

戸田:康宏さんに「お前、ずっと市役所おるんか?」って聞かれて。うちみたいに材料を作る木地屋がいなくなると山中の人も全国の人も困ると。「お前の親父が元気なうちに教えてもらっといた方がいいぞ」って言われて、その時は冗談交じりで喋っていたけど、だんだんそれもいいかなと思うようになった。それで29歳で市役所を辞めた。

篠崎:そこから木地挽きを学び始めたんですね。お父さんからしたら、息子さんが戻って来て嬉しかったんじゃないですか?

戸田:どうやろ?昔の人だから、市役所におった方が安泰やと思っていたかも。

篠崎:戸田さんの姿を見て、お子さんたちは家業を継ぎたいと言ったりしますか?

戸田:まだ小学生やし、何も言わない(笑)。まあでも、あの子らが大人になった時に、この仕事が将来の選択肢の一つに入るくらいには頑張りたいかな。それってただ仕事としての魅力だけじゃなくて、ちゃんとお金を稼げて家族を養っていけると思えるものじゃないと、選択肢にはならんやろうし。

篠崎:もともと「白鷺木工」では、原木を大まかな仕上がりの形状にする荒挽きだけをやられていたんですよね。戸田さんが戻ってからは最終の仕上げ挽きまで手がけるようになったそうですが、その理由は?

戸田:売り先を広げるためには自分のところで仕上げ挽きまでできた方がいいなと思ったから。今後、木地屋がどんどん少なくなっていくのは目に見えとったし、荒挽きだけでずっとやっていくのは難しいなと。

篠崎:自社ブランドの「SHIRASAGI」を立ち上げたのも、そういう思いがあったからですか?

戸田:それもあるし、仕上げ挽きまでやっていく中で、自然と自分の商品を作りたいと思い始めた感じかな。とはいえ、すぐに実現できたわけじゃなくて、売り出すまでには5年くらいかかったけど。うちは木の仕入れからやるから、自分のところで一つの商品を最初から最後まで作れるっていうのは、他の問屋や木地屋にはない強みだと思う。

ナチュラルな木目を活かした「SHIRASAGI」のそばちょこ

木の目利きは経験がものを言う

篠崎:原木の買い付けってどんな風にされているんですか?

戸田:福井とか岐阜の市場に行って、木を見て競り落とす。どんな木でもただ落とせばいいっていうわけじゃないから、ちゃんと目利きができないといけない。

篠崎:どういうところを見るんですか?

戸田:まっすぐで虫食いがないもの。節もなるべくない方がよくて、木肌を見ればだいたいどのくらい節があるか判断できる。ただそういう木は高いんよ。建材とか家具にも使われるから。

篠崎:じゃあ結構、他の業者さんとほしい木がかぶることも多いんですか?

戸田:結構どころか、ほしい木はもう全員同じよ(笑)。あとはどれだけ金額を出せるかっていうだけ。

篠崎:買い付けはお父さんと一緒に行かれるんですか?

戸田:一緒に行く時も一人の時もあるけど、やっぱり親父は早いね。俺は前もってしっかり目星をつけるけど、親父は競りの寸前に来てバババッて決める(笑)。競り人との信頼関係が違うし、何十年と同じ市場に通っているから、木を切り出す山師のような人たちとも顔見知りなんよ。そこに俺のような新参者が行ってもなかなか難しい。本当に足元見られるよ。誰もほしくない木を買わされる。親父のようなベテランだったら「いらん」の一言で終わるけど(笑)。

篠崎:(笑)。僕からしたら戸田さんもベテラン感がありますけど、木の目利きの世界では若手の扱いになるんですね。

戸田:全然、若手。でもやっぱり市場は楽しいよ。買い付けに来ている他の業者さんとも情報交換できるし。親父ももう年だけど、木の買い付けには行きたがる。

篠崎:実際、どういう人が買い付けに来るんですか?

戸田:工務店さんとか建材屋さんとかいろいろ。保証金を払えば誰でも参加できるから、楽器を作る人とか、趣味でモノづくりをしている人なんかも来るよ。ただ原木は買ったところで素人はどうしようもないから、そこはプロの人しかおらんけど。

どんな木を買い付けるかで8割

篠崎:原木の1本あたりの相場っていくらくらいなんですか?

戸田:1本じゃなくて、1立米(りゅうべ)あたりいくらっていう単位なんよ。1立方メートルね。

篠崎:なるほど、体積なんですね。重さは関係ない?

戸田:うん。重さってなると木の種類でも変わるから。今まで見た木で一番高かったのは1本8000万。

篠崎:8000万!?ヤバいですね。

戸田:誰が落としたか知らんけど、何に使ったんやろうな。

篠崎:目利きの世界って奥が深いんですね。

戸田:うちで木地を買いたいっていうお客さんが多いのも、目利きの質が高いからだと思う。自分はまだまだやけど、親父はやっぱりすごいから。

篠崎:加工技術以前に、どんな木を仕入れるかが勝負なんですね。

戸田:8割くらいは仕入れにかかっているんじゃない?金に糸目をつけなければいくらでもいい木は買えるけど、なかなかそういうわけにはいかないから。いかにその単価で利益を出すかっていうのが大事だよね。

篠崎:山中漆器の木地には広葉樹を使いますが、季節によって木の状態も変わるものですか?

戸田:変わる。時期的にいいのは冬。葉っぱが落ちた後は冬眠みたいな状態に入るから、水分が少ない分、歪みも少ない。暖かい時期は湿気があって虫食いも入りやすいし、木の外側が劣化するのも早い。だから、本当にいい木は水分が抜ける秋まであえて切らないこともある。

篠崎:木を切るタイミングも大事なんですね。あと僕がすごいなと思うのは、山中漆器って木を削り出して作るから、焼き物のように失敗してもこね直せないじゃないですか。そういうのって職人としてどう思いますか?

戸田:これしかやったことないからわからんな(笑)。ただ山中は拭き漆(※1)とかもあるし、他の産地と比べても特にごまかしがきかんとは思う。

篠崎:焼き物が足し算だとしたら、山中漆器は引き算の美学ですよね。

戸田:ちょっとでも傷が入ったらもう木地としては使えんしな。山中の木地屋は、それだけ高い技術が求められるってことだと思う。

※1 拭き漆:木地に透けた生漆を塗っては布で拭き取る作業を繰り返し、木目を活かして仕上げる技法

未来の職人がお金を稼げる仕組みづくり

篠崎:僕が主宰している「CRAFTOUR」にも「白鷺木工」さんの仕事風景を見学させていただくコースがあります。これまでに恐らく100人ほどお客さまをお連れしましたが、戸田さんや一緒に働く職人さんたちの中で、何か変化はありましたか?

戸田:今まで一般の人なんてほとんど来なかったし、荒挽きだけ作っている職人さんらは特に、誰がどう買うのかもわからん。だから「CRAFTOUR」の受け入れを始めて、若い人がこんなに漆器に興味を持ってくれているんだってことがわかってよかったと思う。今はトレンドも少しずつ変わってきているけど、それでもやっぱり漆器は年配の人が好むイメージが強いから。

篠崎:確かに。当初想定していたよりも若いお客さまが多いので、僕も驚いています。それを職人さんたちもポジティブに捉えてくださっているんだったら嬉しいですね。「白鷺木工」さんの仕事風景ってダイナミックだし、こういう風にできているんだっていう気づきや学びがあるので、みなさんすごく喜んでくださいますよ。ツアーに参加したのをきっかけに、働いてみたいって思う人が今後出てきても不思議じゃないかも。

戸田:今のとこおらんけどな(笑)。でももうすぐ、研修所から新しい子が2人来る予定。今、研修所にあるレンタル工房にろくろ場を建てているところで、1人の子はそこで出来高制で仕事をお願いしようかなと。そのろくろで自分の仕事もやってもらっていいし。

篠崎:ろくろ場はいつ完成するんですか?

戸田:ろくろが来るのが3月ぐらいかな。仙台でこけし用のろくろを作っているところがあるから、それを仕入れて加工して。ろくろ1台、200万よ。

篠崎:高いなあ……(笑)。それを使わせてもらえるんだったら、若い職人さんはありがたいですよね。

戸田:本当はそういうところをもっと増やしていきたい。せっかく山中で学んでも活かせない子もおるし、ろくろも高いし、それだったらうちのような木地屋が環境を用意してあげたらいいんじゃないかと。工房を借りている期間だけでも自分の工房の名前をつけたらいいし、その後独立して地元に帰ってもいいし。

篠崎:めちゃくちゃいいですね。

戸田:さっきも言ったけど、やっぱり職人がちゃんとお金を稼げる仕組みを作っていかないと。なかなか難しいから、俺も夜な夜なやったりするけど、本当は朝8時から夕方5時まで働いて「今日もよう頑張ったわ!」って言って、家に帰って風呂入って寝るみたいな。

篠崎:そうなるといいですよね。昔から職人さんは儲からないっていうイメージがあって、いまだに根強いですもんね。

戸田:やりようによっては職人も稼げる時代になったからね。だから若い子らには、自分でどんどんやったらいいと思うよって話をよくする。

篠崎:職人さんの学校って技術を教えるから、売ることまではなかなか学べないじゃないですか。それで世に放たれたら、どうしていいかわからないですよね。

戸田:展示会をやるにもすごいお金がかかるしね。だからそういう売るところに関しても、何かしら協力できたらいいなと思う。うちの儲けとかは全く関係なく、ちょっとお金を出してあげてもいいし、仲介してあげてもいいし。若い子らの助けになれたら。

篠崎:素敵です!新しいメンバーが加わるのも楽しみですね。「CRAFTOUR」も引き続き魅力を伝えるお手伝いをさせていただければと思います。今日はありがとうございました。

【編集後記】
実は白鷺木工の戸田さんは、私が山中に移住して一番最初に出会った職人です。その頃は自分がまさかツアー事業を立ち上げるなんて思いもしませんでしたが、とにかく職人さん達がキラキラかっこよく見えて、もっと職人のことを知りたいと思って数日間ボランティアで働かせてもらったこともありました。とても思い入れのある場所の一つです。
(「CRAFTOUR」主宰 篠崎)

木地屋として父の背中を追いかけながらも、独自の道を切り開いていく。山中漆器の職人が抱える課題に向き合い、明るい未来を築こうと奮闘する戸田さんは、とても温かく頼もしい存在でした。次回の記事も近日公開予定です。どうぞお楽しみに!


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