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執念の三つ子の魂蘇る

こんにちは( ・д⊂ヽ゛ねむいです
三つ子の魂はいずれ何歳になっても蘇る、たぶん一生ねむくてダウナーであります。

ヒト死ぬのかなと小さい時から考えてて親がいつか死ぬと気が付いた時は悲しくなってる子供でしたね。変ですな。お墓参りに行くと仏様とか言う、親に聞くのですよヒトは死ぬと仏様なのと。するとそうだよ、だからお墓に子孫はお参りするんだよと。
そこでこの変な子供は思うのです。
仏陀がヒトで死んで仏様になった。じゃあ神様もヒトが死んで神様になったのか。
一人で面白いこと思い付いたと思って後日に母に連れられて妹も連れて三人で図書館ですよ。ネットがまだ無いくらい昔だったから本で調べる。わたしはまだ児童図書とか読んでるくらいの昔。

日本の昔みたいな歴史漫画がそのころあって、天皇家の先祖が日本の神様みたいな話を読んだりしたのですね。天照大神、月読尊、素戔嗚尊、とかね。日本武尊、三種の神器、大国主、うさぎ、イザナギ、イザナミ、などなど。
読んでも疑問は晴れない。この神様たちは初めから神様なのらしい、もとはヒトでは無いんだ。

小学校の図書館に手塚治虫の「ブッダ」があるので読むと、やっぱり実在していた釈迦族のシッダールタ王子が存命中に修行して目覚めし者となりブッダを名乗る。元は王子として生きていて父王がこの世の苦しみを王子に見せず聞かせず隠していた。けれど王子は生老病死を知ることとなり苦しみと向き合おうと決心、ヒト、自分を含めた衆生を救おうと修行生活に入る、菩提樹の根本で三十くらいで覚醒だったか。

そこで出てきた疑問が、悪魔に妨害されるシッダールタ。
悪魔、悪魔っているのか。天使もいたりするのか。

小さい時から妖精が大好きで、いや可愛いから、蝶々の羽とかクサバカゲロウみたいな儚い羽を生やしてて可愛いから。イラストを見たりして、本当にいたらいいなと思ってたし。
うーん、いるのか。
ブッダのことを邪魔してた悪魔がいるならもうなんでもかんでもいるんじゃないのか。ブッダは実在する釈迦族の王子シッダールタだよ。

神様、神様は初めから神様と言う存在として、いたのか。

いいや、人間が想像力を働かせて創造したのだろ。

仏陀と同じくらいキリストの事を気にしていたからそう思った。キリストの母マリアに天使ガブリエルは告げたのだ、神の子を宿してますと。
仏陀の母マーヤも夢で白い象がお腹を示すのを見ている。

わたしという子は、小理屈を捏ねるのであった。

そして見付ける、古事記も日本書紀も書いてる人がいるんだな。作者がいるんだ、わしと言う子供はやっと気が付いた。

真実なんてそれを信じたい人がそれぞれに自分たちの支えにすればいい。
何を選ぶのかは自由なんだとして、それでぶつかり合うこともこれまでは自由とされていたんだ。いまはそれが変わる時。傷付け合ったから今度は対処を考えるとき。ヒトは確実に進歩している。ダメなところはキリがなく見付けられるけれど対応が可能なことに今を生きている人は焦点を当てることも自由だ。
もっと先を見据えることも過去の反省を促すことも、一見それらとは関係無しにその日を暮らしていることでさえ進化への一歩。

そう考えると自分とは誰なんだろう。
我思う故に我あり、だとしてもそこに他者のいなければ狂気を指しそうなものである。

偶像とはアイドルでもあり、idol
懦弱とはアイドル状態とも、idle、意気地がないことを意味することばである。

人間とはたとえ草木の一本だとしても全くの無の中に於ける己など直視が出来ない惰弱なもんなのではと今になれば受け入れることが出来るのである。

出所は分からないがこんな話を聞いたことがある人もいるのではないかと思う。

昔、神様は何もないところで一人ぼっちで寂しくて、退屈なので人を作った。話し相手や遊び相手として自分と似た姿の人間を創造したのだ。

神様は己と向き合い心と対話した。分け御霊と呼ばれる、人間の魂は神様から分けられたものとされる言葉。
やはり神様も元はヒトが死んで神様になったのではないか。

本日のおはなし



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