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シェア1%の"本物の醤油"を次世代へ。木桶職人復活プロジェクト発起人・​​ヤマロク醤油の挑戦

2013年にユネスコ無形文化遺産として登録された「和食」。そんな日本の誇る食文化の味の要となるのが醤油です。

しかし、そんな醤油の伝統的な製法・木桶仕込みに欠かせない「木桶」が絶滅の危機に瀕していることをご存知でしょうか。

大量生産・大量消費の波に押され、ステンレスタンク仕込みの醤油が主流となり、木桶職人は激減。今や木桶仕込みの醤油は全体の流通量の1%ほどにまで縮小しました。

そんななか、立ち上がったのが150年の歴史をもつ醤油屋・ヤマロク醤油の五代目当主・山本康夫さんです。彼は、"本物の醤油"を守るために『木桶職人復活プロジェクト』を立ち上げました。

伝統を守りながらも、革新的なアプローチで未来を切り開こうとする山本さんの姿勢は、私たち一人ひとりが大切なものを次世代に残すヒントになるかもしれません。小豆島の醤油蔵へ伺い、山本さんの熱い想いを伺いました。

山本 康夫(やまもと・やすお)
香川県小豆島町で約150年続く醤油メーカー、ヤマロク醤油五代目。大学卒業後、佃煮メーカーの営業職を経てヤマロク醤油に入社。7年後、父の病気をきっかけに事業を受け継ぐ。2011年に『木桶職人復活プロジェクト』をスタート。木桶仕込みの醤油を次世代に残すため、多くの人を巻き込んだ革新的な取り組みを続ける。

数百種類の菌の共生が生み出す、本物の醤油の味。しかし、「木桶」が絶滅の危機に

ーー蔵に入った瞬間に、醤油のいい香りが漂ってきて驚きました!ここに並んでいるのがすべて、醤油を造っている木桶なんですね。

山本さん:
そうです。なかには、150年以上使っているものもあります。ヤマロク醤油は創業以来、ずっと木桶仕込みにこだわってきました。

木桶の中では乳酸菌や酵母菌など数百種類の菌が自然に共生していて、それぞれの桶に独自の生態系があるんですよ。

樽を近くで見ると、表面におがくずのようなものが付着していることがわかると思います。これらすべてが醤油づくりに欠かせない「発酵菌」なんです。

木桶の表面に付着した「発酵菌」

ーー醤油が数百種類の菌によって造られているなんて、知りませんでした。

山本さん:
発酵菌の生態系は木桶ごとに異なるので、木桶仕込みの醤油は蔵によって味が全然違うんですよ。

ヤマロク醤油独特の豊かな香りやコクのある旨みは、代々受け継いできた木桶があるからこそ実現できるもの。けれど、この木桶自体が今、絶滅しそうになっているんです。

醤油蔵の様子。手前の木桶は150年使用されている。

ーーえ!どうしてですか?

山本さん:
大きな原因は、食品産業において大量生産ばかりが重視され、ステンレスタンク仕込みの醤油が普及し、木桶職人の仕事が減ってしまったこと

熟成の度合いを人の手によってチェックしながら、丁寧に管理されている木桶仕込みの醤油は手間と時間がかかり、大量生産には向きません。木桶を作れる会社も次々に閉じてしまい、2009年当時は国内に1社しか残っていないんです。

このままでは、伝統的な製法が失われてしまう。そう危機感を覚えて、2011年に立ち上げたのが、『木桶職人復活プロジェクト』でした。

木桶職人に弟子入りし、技術を広めるために「木桶職人復活プロジェクト」をスタート

ーー『木桶職人復活プロジェクト』とは、どんなプロジェクトなんでしょうか?

山本さん:
木桶職人復活プロジェクトは、木桶製作の技術を守り、伝承することを目的に始めたプロジェクトです。

主な活動としては、小豆島で毎年1月に新しい木桶作りを実施しています。木桶に関わる食品メーカーや流通業者、大工や料理人などが集まり、みんなで木桶を作るんですよ。

僕自身が木桶職人に弟子入りし、教えてもらった技術を木桶職人復活プロジェクトに携わってくれる方全員に伝えています。

ーーご自身が木桶職人に…⁉

山本さん:
木桶を残すためには、木桶作りの技術を隠すのではなく、どんどん広げていくことが重要だと考えたんです。

そこで、まずはじめに大阪の堺にある日本で最後の桶屋さんに新桶を3本注文しました。自分が買った分の桶を自分で作って技術を学ぼうと考え、地元の同級生の大工たちと一緒に桶屋さんに弟子入りしたんです。

▼YouTubeで木桶づくりの様子を公開中。

ーーすごい…!

山本さん:
醤油造りに使う大型の木桶は1本500万円以上。精巧な技術によって生み出される木桶は150年ほど使えるため、サステナブルな反面、木桶を作る会社は儲からないんです。そうして、木桶はどんどん衰退していきました。

だからこそ、『木桶職人復活プロジェクト』に関わる人が増えれば、木桶仕込みの醤油の魅力が広がり、醤油屋や木桶屋が存続できる。

木桶職人復活プロジェクトを始めてから、木桶を組み上げたり、メンテナンスをできる人が増えつつあり、少しずつ変化の兆しが見えてきています。

国内の1%の市場を奪い合うのではなく、協力して2%に拡大したい。さらに海外展開も

ーー今後、木桶仕込みの醤油をどのように広げていかれるのでしょうか?

山本さん:
木桶仕込みの醤油の国内流通量を2%まで増やしたいと考えています。というのも、国内では今、木桶仕込みの醤油は、全体の流通量のたった1%だけなんですよ。そんな市場を奪い合っても、全員が苦しくなるだけです。パイを奪い合うのではなく、みんなで協力して2%に増やしたい。

ーーまずは国内の市場を広げていく、と。

山本さん:
とはいえ、日本の醤油市場が縮小傾向にあることは変わりません。だから、国内だけに留まらず、1%でも世界の市場を開拓したいと考えています。

そのために、海外向けの販路の拡大や、SNSでの発信を続け、海外展開も進めてきました。そうすれば、職人の技術や地方の醤油屋を確実に守っていけるわけですよ。

▼Instagramでも海外向けに発信を続け、フォロワー5.9万人を突破)

ーー海外でも日本の醤油は人気なんですか?

山本さん:
海外展開は、木桶仕込みの醤油を守るための重要な戦略の一つなんです。日本では醤油は日常的な調味料ですが、海外では高級な調味料として扱われることが多いんですよ。

特に、木桶仕込みの醤油は、その複雑な味わいや伝統的な製法が評価されて、ワインやウイスキーのように樽で製造されるイメージもあり、プレミアム商品として受け入れられています。

木桶はこれまでの「歴史を刻んだ教科書」。だから残すことに“ロマン”がある

ーー木桶仕込みの醤油の魅力や山本さんの情熱が伝わってきました。でも、次世代に醤油を残していくには苦労があるのではないですか?

山本さん:
そりゃあ大変ですよ。でも、そのほうがおもろいじゃないですか。僕は昔から、すべてのことを「おもろいか、おもろくないか」で決めるようにしているんですよ。

そして、新しいことを始めるとき、僕が大切にしている心構えは「The First」。ナンバーワンはいつか抜かれるし、オンリーワンはいつか真似されるかもしれない。でも、一番はじめにやったという事実は絶対に変わらないですよね。

だから、「おもろいことは誰よりも先に始める」が僕の座右の銘なんです。

ーー勇気が出る座右の銘ですね!

山本さん:
おもろいことを誰よりも早くやるから、共感してくれる人をどんどん巻き込むことができる。

実際、『木桶職人復活プロジェクト』に携わってくれる人は、みんな楽しいからやってるんですよ。たまに、年甲斐もなく、はしゃぎすぎるくらい(笑)。

そもそもね、僕は醤油屋だけど、醤油を造ることが仕事だと思っていないんですよね。

ーーどういうことですか?

山本さん:
醤油造りは、菌の仕事だと思ってるんです。人間が数百種類の菌をコントロールできるわけがないじゃないですか。もしコントロールできると思うなら、それは人間のエゴですね。

ステンレスタンク仕込みを用いれば、ある程度菌をコントロールして、大量生産することはできます。でも、それでは菌が作る複雑な旨味や深みのある味わいは失われ、僕らが作りたい「本物の醤油」は作れないんです。

本物の醤油を作るために、僕ができるのはあくまで、菌が醤油を造ってくれる環境を整えるためにサポートすることだけ。僕の仕事はそんな菌たちや、菌が暮らす木桶を次の世代に残すことなんです。

人の手によって管理されている木桶。蔵はもろみの発酵熱で40℃を越えることも。

ーーなるほど。

山本さん:
木桶は昔の人々が残した「教科書」なんですよ。使わなくなった木桶をばらしてよく観察してみると、木桶を作ってきた人たちがどんな工夫をしてきたかよくわかります。

木桶づくりが上手な職人ほど、優秀な教科書を残してくれる。だから、僕も丹精込めて木桶を作って、次世代に良い教科書を残したいんです。

こうして必死に木桶を残そうとしても、僕が生きている間に結果は出ない。でも、逆に言えば僕が死んだあとに、その木桶が良い教科書になるなんて、ロマンがありません?

ーー次世代に、自分の木桶を教科書として残せる…たしかに、ロマンを感じます。

山本さん:
そう。だから、うちの経営理念は「次の世代に木桶仕込みの醤油を残すこと」。これが僕らが成し遂げたいたった一つの目標です。だから、おもろくても、経営理念からぶれることはやらない。

目的を達成するために、まずは木桶職人復活プロジェクトや醤油の海外展開をはじめとした「戦略」を考えてきました。多くの人は「戦術」から考えがちですが、それじゃうまくいかない。

大切なものを守るためには、手段に囚われて、目的を見失ってはいけないんです。僕らはこれからも、「本当にうまい醤油を残していくため」に、描いてきた戦略を体現していきます。

(取材・執筆=目次ほたる(@kosyo0821)/編集=いしかわゆき(@milkprincess17)/(撮影=深谷亮介(@nrmshr))

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