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自然と関わらないと幸福度が下がる?自然体験の減少がもたらす「経験の喪失スパイラル」

部屋に花を飾って気分を上げたり、そよ風に吹かれて心が落ち着いたり。休日にはハイキングやキャンプに行って自然との触れ合いを楽しんだり、桜や紅葉を見に行ったり。

私たちはそんな「自然体験」を通じて、日常的に癒やされ、喜びを感じています。しかし、自然と触れ合うことで具体的に得られる効果は知らないという方も多いのではないでしょうか。

今回は、そんな自然体験が私たちに与えてくれるものや、人々が自然体験を増やすことで生まれる環境課題への影響について、生態学者の曽我昌史さんにお聞きしました。

人と自然が共生することで実現できるこれからの「ウェルビーイング」の形について、考えます。

曽我昌史(そが・まさし)
1988年生まれ。東京都出身。2015年に北海道大学大学院農学研究院博士課程修了し、現在は東京大学大学院農学生命科学研究科・准教授を務める。専門は生態学だが、その他に環境心理学や都市計画学、公衆衛生学にも精通し、「人と自然の相互作用」に関する学際的な研究に携わっている。

自然との関わりは、ウェルビーイングに欠かせない「必需品」

ーー私たちが普段何気なく触れている自然ですが、自然体験をすることにはどのような効果があるのですか?

曽我さん:
自然体験にはたくさんのメリットがありますが、そのなかでも私たちの「健康」に関わる4つのメリットが研究によってわかっています!

1つ目は、身体の健康です。緑豊かな場所で体を動かすことで、健康状態が改善することが研究を通じてわかっています。

2つ目は、心の健康。自然に触れるだけでも、うつや不安症状の予防・改善効果があるんです。

3つ目は、社会的健康です。たとえば、自然がたくさんある公園などで人が集うことでコミュニティの信頼関係が育まれますよね。自然体験によって、コミュニティに信頼関係が生まれ、人々は社会的にも健康になれるんです。

4つ目は、認知機能の向上。計算力、判断力、記憶力など、日常生活に必要な能力が自然体験で高まることがわかっています。

ーー心身の健康だけでなく、社会的な健康や認知機能にまでメリットがあるんですね!

曽我さん:
こうした健康上のメリットのことを、「健康便益」と呼んでいます。「自然体験」と聞くと、キャンプや海水浴などの娯楽を思い浮かべますが、具体的な健康便益を知ると、自然体験が単なる娯楽には収まらないことがわかりますよね。

現代社会では、自然体験を「自然が好きな人が趣味としてやっていること」といった「嗜好品」として扱われてしまいがちです。

でも、自然体験は、人間にとって定期的に摂取しなければいけない“必須栄養素”のようなものなんです。

自然との関わりは、私たちのウェルビーイングに欠かせない「必需品」なんですよ。

自然体験の減少が巻き起こす「経験の喪失スパイラル」

ーー自然体験が重要である一方、最近は人々と自然との関わりがどんどん減ってしまっている気がするのですが…。

曽我さん:
実際に近年、私たちの自然体験は減少の一途をたどっています…。国立青少年教育振興機構の調査では、2010年代から現在にかけて、子どもたちの自然体験が減っていることがわかりました。

なんと、子どもたちの約4割が虫取りをしたことがないという結果も出ているんですよ。

ーー4割も…! こうした自然体験の減少は、私たちにどんな影響をもたらすのでしょうか?

曽我さん:
冒頭にお話しした4つの健康便益が得られなくなるとともに、自然に対するポジティブな感情が減って、逆に自然に対する恐怖や嫌悪感が増えていくことに繋がります。

すると、さらに自然体験が減り、人と自然の関わり合いが衰退して、私たちが自然から得られる恩恵がより減っていく。私はこれを「経験の喪失スパイラル」と呼んでいます。

ーー現代社会では、まさに「経験の喪失スパイラル」が起きているんですね。

曽我さん:
近年、野生動物に襲われる、山などで事故に遭うなど、自然体験によってネガティブな経験をする人が世界的に増えていますが、それも自然体験が減っていることが1つの要因になっているんですよ。

子グマに近づいて親グマに襲われたり、毒を持った生物や植物に触れてしまうことは、自然と関わってきた経験が乏しいからこそ起こってしまう事故ですよね。

ーーたしかに。自然体験が減ることによる負のスパイラルが…。

曽我さん:
一方で、自然体験を頻繁に行う人は、環境配慮や生物多様性の保全に繋がる行動をする頻度も高い傾向にあるという研究結果も出ています。

幼少期に自然体験が豊富だった人ほど、大人になって環境問題への関心が高くなる傾向にあることもわかっているんです。

幼少期の自然体験と環境配慮行動の実施程度の関係を示した研究結果。
自然体験の頻度が多いほど、環境配慮行動の実施程度も高いことがわかる。

自然体験は私たちのウェルビーイングに欠かせないものであるとともに、地球を守っていくために切っても切り離せない存在なんです。

窓から緑を眺めるだけでも効果アリ。 ポイントは、意識をグッと向けること

ーー「経験の喪失スパイラル」から抜け出すためには、やはり幼少期にたくさんの自然体験をしておかないとダメなのでしょうか?

曽我さん:
そんなことはありません! 大人になってからの自然体験も十分な効果があります。

それに、海や山に行くなど時間や手間がかかることだけが、自然体験ではない。部屋に観葉植物を置いたり、公園を散歩したり、窓から緑を眺めるだけでも立派な自然体験になるんですよ。

ーーそんな手軽なことでもいいんですか⁉

曽我さん:
五感を通して、自然から刺激を受けることはすべて自然体験だと考えて大丈夫です。ポイントは、意識をグッと自然に向けることですね。

通勤中に通る道にもたくさんの植物があるはずなのに、あまり意識は向いていないですよね。

食べ物や水、空気なども自然から得ているものですが、食卓に並んだ鮭が川を泳いでいることをイメージしながら食べる人はほとんどいないと思います。

曽我さん:
でも、例えば公園で散歩をするときに、その場にいる生物や目に入った植物を意識するだけでも、自然体験によって得られるリラックス効果が上がるんです。

日常的な自然体験の9割が無意識下で行われているので、少し意識を向けるだけでも「自然との精神的な繋がり」を作る機会が生まれると思いますよ。

なるほど…。

曽我さん:
もちろん、経済発展と都市化の進展に伴い、自然との関わりが見えにくくなっているのは確かです。しかし、だからこそ私たち一人ひとりが、今の生活を見つめ直す必要があります。

自分の身の回りにどんな自然があるのか、普段口にしている食べ物がどこから来ているのか。自分自身の行動が、自然にどう影響しているのか。

そんな自分自身の生活を通じて自然に目を向けることが、自然から得られる健康便益を増やし、環境意識を高める第一歩となるはずです。

大人の自然に対する価値観は、子ども世代にも大きく影響を及ぼすものなので、「もう大人だから意味がない」と思わず、何歳になっても積極的に自然体験を増やしてほしいですね。

環境への貢献度が低い日本。現状を変えるために必要なのは、新たな教育やエンターテインメント

ーーこうして学ぶことで、自然体験をもっと取り入れたいという気持ちになれますね。

曽我さん:
まさに、人々の自然体験を増やすためには、教育やエンターテインメントを通して、自然の素晴らしさを伝えていくことが必要だと考えています。

一方で残念なことに、先進国のなかでも日本は環境課題への貢献度が際立って低いんですよ。私が世界30カ国を対象に実施したアンケートでも、「自分の生活が自然に支えられている」という意識と環境配慮行動のレベルは最下位でした。

1人あたりのGDPと環境配慮意識の相関を表した図。
日本はGDPの値に対して、環境配慮意識が低いことがわかる。

ーーそんな…。全然知りませんでした…。

曽我さん:
経済が発展した国ほど、環境に対して積極的にアクションする必要があるにも関わらず、経済成長ばかりが優先され、自然の価値に目を向けられないのが現状です。

私は人々がもっと自然体験の重要性を理解して、現状を変えられるような社会の仕組みを作っていけば、人間は自然から得られる健康便益をより賢く活用できるようになると考えています。

その結果、人々の自然への感情や態度がポジティブに変化すれば、おのずと自然は守られる。それこそが、人と自然が共に暮らしていくために必要な、これからのウェルビーイングのあり方ではないでしょうか。

これまでの「経験の喪失スパイラル」を反転させ、人間も自然環境も共に豊かになれる社会を実現するために、私自身これからも研究活動に励んでいきたいと思っています。

(取材・執筆=目次ほたる(@kosyo0821)/編集=いしかわゆき(@milkprincess17)/(撮影=深谷亮介(@nrmshr))

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