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ホシノワグマ2 呪い 【短編小説】


「この化け物がっ。」
「この山から出て行け。」
「悪魔の子がこっちにくる。」

みんなが僕を嫌っている。
みんなが僕に噛み付いてくる。

クマの毛皮は分厚いから、痛みなんて感じなかったけれど心が痛かった。
痛くて苦しくて呼吸をすることさえ憚られた。

「ホシノワグマ様、どうかご加護を。」
「お願い。私の願いを叶えて。」
「いや、俺が先だ、どけ。」

みんなが僕の力を求めてくる。
みんなが僕を崇めてくる。

カラカラになった魔力を搾り出し、カラカラに乾いた心で幾多の欲望に向き合い続ける。

僕はみんなの魂を否が応でも見つめなきゃいけないのに、誰も僕のことなんて見つめてくれない。

「あんたなんかうちの子じゃない。」
「触れんな、化け物。」

母さん、兄ちゃん、待って。
僕、普通にするから。
普通になるから。

どんどんと2頭の黒い背中が遠ざかっていく。

待って、待って。
走っても走っても、どんどん、どんどんと遠ざかっていく。

待って、待ってよ。
ねぇ。


どうしたら普通になれるの。


目頭の熱さにはっと目を開けた。
ツーッと生温かいものが頬を伝う。

嫌なことを思い出しちゃったな。

僕は大きな身体を巣穴の中で縮こめた。

そうさ。
僕はどこまで行っても1人になれなくて、どこまで行っても1人なんだ。

もぞもぞとしていると、不意にふわりと横腹に柔らかいものが触れた。

振り返った瞬間、心が生温かいもので満たされる。

1度でいいから死んだ彼に会いたい。

そんな願いを叶えた彼女。
その謙虚さと絶望が僕は気に入った。
意識は常世、肉体は現世うつしよといった不安定な状態の彼女は、落ち葉やら羽毛やらでできた巣材に包まれて、静かに眠り続けている。

現世は悪い夢ばかり見せる。
人間たちは現世の他に地獄があると信じているようだけれど、この現世こそが地獄なんだ。

神も閻魔えんまもいない。
ただ、たまたまこの世に堕とされただけなのに。

どうして僕たちは孤独に、空虚に、そして生に苦しめられなきゃいけないんだろうね。

不意にざらついた声が僕の鼓膜を揺らす。

「お前は普通になんかなれやしない。」
「”それ”に近づくな。祟られるぞ。」

この声は現実?
それとも幻聴?

心がさざ波立つかのように胸がざわざわとする。
それに呼応して山の木々がざわめき出した。
太いツタで心臓を締め上げられているかのように、呼吸が苦しい。

「はぁっ、はぁっ。」
目を見開いて必死に呼吸を整える僕の網膜に再び彼女の姿が写った。
大切で尊い”僕の彼女”。

「早く僕を救ってよ。孤独の淵から救ってよ。」
気づけば僕はバイクのエンジン音のような咆哮を上げていた。
昂った僕が身体をすり寄せるように彼女に触れた瞬間、ぱっと彼女の姿は消えダイヤモンドダストのような煌めきが宙を舞った。

状況が少しずつ脳に浸透していき、末端から体幹へと小さな震えが広がっていく。

まただ。
またやってしまった。

僕はいつまで経っても魔力を飼い馴らせない半人前のホシノワグマ。
普通にも特別にもなり切れない半端物。

自責の念がきりきりとこの存在を締め上げる。

頭がぐわんぐわんする。
大地がグラグラする。
外では雪が吹雪き始める。

ああ、また1人になる。


僕は、自分の願いは叶えられない。だからこれからもこの呪いを抱えて生きていく。

ホシノワグマという名の呪いを。

                                   ー終ー
最後までお読み頂き、ありがとうございました。お気軽に感想などを残して頂けたら嬉しいです。

よづき



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よづき|ASD不安障害の物書き
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