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ホシノワグマ3 呪いの源【ショートショート】


いいな。いいな。
君はいいな。

幼い頃、親に捨てられた過去を持つ私は、木の上から眠い目をしばたかせつつ君を見ていた。
君はまだ子供のツキノワグマ。
小さな君は転がるように兄弟とじゃれ合ったかと思えば、今度は母親のお乳を飲んでいる。

いいな、いいな。
君はいいな。

私なんて、この身体のせいで生まれてまもなく親に捨てられた。
私は自分の足を見やる。
本来あるはずのかぎ爪は1本も持ち合わせていなくて、上のくちばしも欠損していた。
おかげで他のフクロウみたいに狩りなんてできやしない。
普通の個体だったら生きられないだろう。

そう、普通の個体だったら。

不意にどんっと身体の側面に衝撃を感じた。
大きく弾き飛ばされた私は羽ばたいて体制を整える。

私が留まっていた枝に着地したのはハクトウワシだった。こちらを見て小馬鹿にしたように首を傾げた後、私に向かって目にも留まらぬ速さで飛んでくる。

私は一声、「ホー」と静かに鳴いた。
それだけでそのハクトウワシは銃撃でも受けたかのように力なく墜落した。
地面に落ち、くるくるとその場を回り続ける様子を私はホバリングをしながら見下ろす。

私は生まれながらのまじない師。
生きる為、時には私欲の為に世界を呪い続けてきた。

ただ、この力はそんなに良いものでもない。
特別を与えられた代わりに「永遠」という名の呪いをかけられているのだから。


また私は昼も寝ずに少し成長した君を見ていた。
家族思いで優しくて狩りの上手な逞しいツキノワグマに成長した君に、私は憧れとも羨望ともつかない感情を抱き続けている。

いいな、いいな。
君のその爪。
君のその牙。
君のその力。

いいな、いいな。
終わりが来るの。

私は歌うように呪いを込める。

いいな、いいな。
君のその家族。

いいな。いいな。
私よりも幸せ。

いいな、いいな。

いいな、いいな、いいな、いいな。

お願いだから私よりも幸せにならないで。

あなたにも「特別」をあげる。

そうして私は彼に100万年に1度のホシノワグマの呪いをかけたんだ。


「グルルルルルルルル。」
身の羽もよだつようなおぞましい声だった。

「大きくなったね。」
私は無防備にてくてくと地面を歩き、君に近づいていく。

呪いの正体を明かしたところ、君はこうして激高した。

「お前のせいで・・・。僕は・・・、僕は・・・。」
君はうなり声とともにぞっとするほど大きな牙を見せた。

怖くないと言えば嘘になる。
けれど、永遠の苦しみに耐え抜いてきた私に耐えられない恐怖なんてないんだ。

次の瞬間、君は丸太のように太い前足を私に向かって勢いよく振り下ろした。強い衝撃と共に地面に叩きつけられ、ぱきぽきといった音が全身から響いた。視界が暗転する。
変形したくちばしから生暖かい液体があふれ出た。

これが憧れてきた君の力…。

感じたこともないような激痛と苦痛に包まれたが、どこまでも幸せな気分だった。

ふわふわとした多幸感がこの身を包む。

ばきっという音と共に先程よりも一層強い衝撃が走った。
倦怠感とも吐き気ともつかないようなとても不快で奇妙な感覚だったが、こんなのは永遠を生きる苦しみに比べたらちっぽけなものだった。

「はぁっ、はあっ。」
聞こえてくる荒い息遣いが自分のものなのか、君のものなのかももう、分からない。

ややあって、私の砕けた額にぽんっと君の大きな手が柔らかく置かれたが不思議と痛みは無かった。私は本能的に察した。

やっとこの呪いが解かれる時が来たのだと。
下がりゆく体温に反比例して心の温度が上がっていく。

君はどこまでもお人好しなんだね。
呪いの源の願いまで叶えてくれるなんて。

そうして、どこまでも暗く重い帳が私を包んだ。

          ー終ー

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よづき

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よづき|ASD不安障害の物書き
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