【short-short】私の守り神(772字)
昔、猫を飼っていた。
友人の飼い猫が産んだ子で、三毛で鍵しっぽだった。
とても賢くて健康な子で、22歳で亡くなるまで、そして亡くなってからも私のそばにいてくれた。
三毛が亡くなって火葬した日、帰って布団の中で泣いていると、あたたかくて、柔らかいものが枕元にいる気配がした。
三毛がまだいる!
そう思った。
それから数日、三毛はうちにいるようだった。
気配を感じなくなった日、カレンダーを見たら初七日に当たる日だった。
きっと悲しむ私を心配して、ギリギリまでそばにいてくれたのだろう。
悲しみがすぐに癒えることはなかったが、三毛を心配させないように毎日踏ん張って生きた。
三毛を見送ってから初めて迎えるお盆、新盆のときだった。
お供えのご飯を新しくして合掌していると、三毛の気配がした。
帰ってきてくれた!
お盆の間、三毛はうちで過ごした。
暑さから、生前と同じように床に寝転がっていたようで、歩いているとたまに温かいところがあった。
その温かみが、懐かしくて、嬉しくて、愛おしくて、私は床に頬擦りをした。
お盆が終わると三毛も帰ってしまった。
季節は過ぎ、クリスマスも終わって、大掃除と正月の準備をしていた。
三毛の仏壇をきれいにして手を合わせていると、また気配がした。
三毛は年末年始をうちで過ごした。
炬燵に入ると、三毛が足に触れる気配がした。
それから毎年、お盆と正月に三毛の気配を感じた。
猫にお盆や正月が関係あるとは思えないが、賢い三毛は人間の決まりごとに合わせてくれたのだろう。
そして三十三回忌の年以降、三毛の気配はしなくなった。
私ももう「いいとし」になった。
この年齢まで大きな怪我や病気をせずに済んだのは三毛のおかげだ。
三毛が何か危険を知らせてくれた、ということは無かったが、私は勝手にそう信じているのだ。
そう遠くない未来に、またあの子に逢える。
その時までもう少し頑張ろう。