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凡人のためのあっぱれな最後[Amazonオーディブル感想文]

タイトル/凡人のためのあっぱれな最後
著者/樋口裕一

9年前がん告知を受けた。
その日の夜見た夢。
映画タイタニックのディカプリオ
たち移民が乗っていたような薄暗く煙ったような船底で、たくさんの人々が集まっている。私もその中の一人だ。
そこに乗組員のような人があらわれ、ここにいる者たちはみんな死ぬことが決定した、という発表がされる。人々の間からどよめきがおこる。
これから毎日選ばれた数人ずつが死ぬことになるらしい。
乗組員はおもむろに紙を取り出し、では今日の亡くなる人は、と言って番号を読み上げはじめた。
どよめきが一瞬で静寂に変わる。番号が読み上げられるたびに安堵のようなため息が漏れる。
人ごとのように聞いていたのに、なんと、私の番号が読み上げられた、、、えっ!わたし?!今日!!。ガーンである。
そして私は滑り台の上から滑り降りて死ぬことになった。あれよあれよと思う間の出来事だった。滑り台は船の舳先のカーブを利用して造られたもののようでこれならあっと言う間に死ねるから楽かもと思ったのを覚えている。
がん告知はなんだか他人事のようで、船底での死の告知も他人事のようで、でも怖くてなんとか逃れられないものかと考えた。
すごくリアルな夢だった。

本は足元に咲くスミレの花のように、なんなら名もなき花のようにひっそりと生きてひっそりと死んでいった61才の奥さんのあっぱれな死に様を旦那さんが解析した話し。
ガンと診断された後、夫である作者や息子は諦めきれずに先進医療を勧めるが、妻は動揺もせず、絶望もせず、文句も言わず覚悟して潔く死んでいった、という。
本の中では、子どもの話しをした時に初めてとり乱した妻をみた、とあった。それ以外はあっぱれだったと、、、
亡くなった人の本当の気持ちなんかわかるはずもないし、ましてや会話の少ない夫婦だったという夫からあれやこれやと想像されてもなー、と思った。
私は一人、悶々と考え考え考え、結局自分で決めるしかないこと、ガンを受け入れる、諦めるしかないと思うに至った。私も死んでいたらあっぱれやったと言われたんではないかと思う。

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