引きこもりだった
私は高校を留年した。
どうして?と聞かれる。
どうしてか分からない。学校に行かなかったので気づいたら留年していた。
どうして学校に行かなかったの?と聞かれる。
分からない。
どうして?どうして?と聞かれる。
行きたくなかった。
行けなかったのではない。心の病で行きたくても行けなかったのではない。
自らの意思で行かなかった。
どうして?と聞かれる。
どうしてだろう。
風呂にも入らず1日をベッドの上で過ごした。死んだ目でスマートフォンを眺めていた。スマートフォンを触ることすら憂鬱な日もあった。外から聞こえる小さい子どもの笑い声。
昼間のテレビ番組。殺人犯は引きこもり。引きこもりは社会問題。そうか、問題か。私は。
問題とは何だろう。問題になる前の私は社会の異物だった。学校でも家に帰っても塾へ行っても異物だった。そして、引きこもることで最小限の異物になった。
最小限の異物は大人にとっての問題だった。大人たちは私の扱いに困っていた。そして私にとっての問題を尋ねた。
私にとっての問題は私自身と私を取り巻く環境、世界の全てだった。
成績不振は問題か。1人で昼食をとるのは問題か。不倫は問題か。汚職は問題か。虐待は問題か。嫌がらせは問題か。ひとり。笑い声。
どうするつもりなのか?
一日中考えていた。
どうしたらいいのか教えて欲しかった。
大人たちは理由をつけると安心する。
私が問題になった理由。
誰も悪くなかった理由。仕方がなかった理由。
大人は私を助けようとした。なんとか異物の私を社会に引きずり出そうとした。
ありがとうございます、と言う度に人間不信になっていった。
母に泣いて謝られた。私の方が辛いのよと言わんばかりに。そうだろう。大事に育てた娘が引きこもりになったら辛いだろう。
愛されているねとよく言われた。
愛されているのか分からなかった。
愛されているとは思えなかった。
母は子どもを愛し、教師は生徒を愛し、友人は友人を愛し、恋人は恋人を愛する。
私は子どもにも生徒にも友人にも恋人にもなれなかった。
例えば、夫との子どもと不倫相手との子どもは何が違うのだろう。
親は子どもを求めている。子ども自身を求めてはいない。
子どもは親を求めている。親自身を求めてはいない。
私は自身を生きたかった。
しかし繁殖。罪を償うような子育て。愛されているという言葉は社会的な役割を上手くこなしている人に適する。
引きこもりは終わった。
2年と半年。あまり覚えていない。
ベッド脇のコンセントと青いカッターと剃刀、睡眠薬。嘘のように跡形もなくなった。
役割に徹することは気持ちがいい。何も考えなくて済む。