11/26さらば汚れた稽古日記
稽古はほぼ毎日続いている。
しかし停滞の時期である。
みんなの体調、心の調子が停滞する。
原因は亀井健の疲労かと思われる。
公演のための資金繰り、日々の労働、生活費全てがギリギリで停滞し始める。
深い闇が晴れる時に歓喜の光を浴びる。
そのための苦痛。
なくてもいい苦痛だけど、ないとね、僕はダラけてしまうから。
ダラけと苦痛と希望と緊迫感という濃霧注意報だ。
そして雨の予報だ。
湿り気までまして逆境いいね。
神頼みと宝くじを二回1000円買ったら二回1000円当たり、ついているけど徳はないや得もないや。
この霧を晴らすには、プライドを捨てて信念を貫き泥臭く弱さを曝け出し、稽古を反復するしか方法はないだろう。
僕が笑えば、みんなが世界が、なぜか地球全てが笑うのだ。現実というものはいつも曖昧な思考で変換している。
演劇を作る作業はまさに、この曖昧な思考の変換だ。
人生に計画があるように、なりたいリストを書いて達成していくように、未来も過去も書かれた脚本がある。
いま、現在を創造するのは演技者だ。
そこに思考やら構造やらを装飾する演出がいたりする。そのための道具や照明や衣装が生まれていく。
人が存在するだけ、無数にそれは存在する。
ああ手に負えないよ。
そうやって何もかもから逃げたくなる。
だけど、知っている。
僕が笑えば、みんな笑って生まれる。
現在も現実も富も名声も拍手もハグも安らぎも笑って生まれる。
笑うための方法は、ひとつしかしらない。
逃げないで稽古するのみ。
稽古日記、また夜から再開します。