思惟

 薄紅色の壁に囲まれた液体に浸る
 わたしとあなたの境目は曖昧
 そんな水がめが無数にある

 囲いの向こうの水がめに
 彼や彼女を感じれど
 一度たりとも見たことはない

 水がめから放り出されたその日
 わたしは突然ひとりになる
 ひとりが無数に誕生する

 新しい世界に興奮するひとり
 心細く泣きわめくひとり
 悠然と周りを見渡すひとり

 眩しさとともに
 気配そのままの
 彼や彼女と初対面

 それぞれの個性を背負い
 それぞれの名前をつけられ
 ひとりひとりはこの世をわたる

 

 アリジゴクは絶望を生きる
 仲良くしようと思って触れると
 相手を毒で殺めてしまう

 アリジゴクは孤独を生きる
 近づくものがいなければ
 誰も傷つかなくて済むのだ

 アリジゴクは絶望を食べる
 己を恥じて夢を忘れる
 光に背を向け闇を目指す

 アリジゴクは孤独の底に辿り着く
 そのとき忘れたものがよぎる
 空を目指して眠りにつく

 憧れることすら諦めた羽が
 闇を突き抜け現れる
 長い長い夢を見る


 窮屈になった寝床を出ると
 ウスバカゲロウは飛び立った

 透きとおった羽を動かし
 アリジゴクを見下ろす

 高く高く舞い上がる
 もはや砂はない

 そのまま光にとけてゆく

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