【短編】しあわせ予備校-3
カツ カッ カツカツ
田中さんはチョークでリズムを刻みつつ、黒板に
「トモダチ」
と書き綴った。どうやら最初の講義は友達について、らしい。こう言ってはなんだけど、田中さんの仏頂面と(なぜか)カタカナ表記の文字を見ていると、宇宙人が語るトモダチっぽさがあってシュールだ。
「友達がいない、というのが鈴村さんが不幸せと感じている理由です」
鈴村、と呼ばれて例の少年がピクッと反応した。自己紹介があったわけではないが田中さんは迷うことなく彼の名前を呼び、そしてそれは当たっているらしい。
ただ、あっているのは名前だけらしく
「え? そうなの?」
と、自分のことなのに全く心当たりがない様子だ。
「ええ、そうです。君は、友達がいない事に悩んで俯きがちに歩く癖がついていました。そんなある日、マンションの上階から落ちてきた植木鉢が頭に当たって病院で生死の境を彷徨っています。まぁ、あれは下を向いていなくても避けようがなかったでしょうけどね」
「……全く覚えていないんだけど」
「ええ、まぁ記憶は遅れて戻ってきますから。でもね、しあわせを考える上で、自分のことながら他人のことのように、客観的に見つめることができるので、記憶がないってのも悪いものじゃありません」
あの気弱そうな女の子は、意外な事にフムフムと興味深そうにコクコク頷きながら聴いており、ビジネスマンのおっさんは腕組みをしてジッと黒板を見つめていて、どういう心境なのか読みづらい。
当の鈴村くんはというと、なんだか納得がいかなさそうな顔をしている。(俺に友達がいないなんて、そんなわけない)とでも言いたげな表情だ。
「さて、友達って一体なんでしょう? ……広里さん」
あ、俺の名前。……ってか、また急に当てられた。
「あ、えーと……なんだろう? 気が合うというか、一緒にいて心地よいというか、そういう人?」
「ふむ……では、ミスター四宮」
ビジネスマンのおっさんの眉がピクりと動いた。彼をミスター呼びするのは、ミスター田中と呼ばれたことへの当て付けなのか、作法を合わせたのか。
「どんな存在か? なんて考えることなく、気づけば一緒にいる、そんな相手のことだな」
良いこと言ってやったという感じを全面に出しながらミスター四宮(俺も密かにそう呼ぼう)は答えた。
「ありがとうございます。まぁ、友達というのは気が合うとか、気づいたらできているものであって、あまり意識することはないと思います」
言いながら、田中さんは黒板にチョークを滑らせる。
”勤務・学校・志などを共にしていて、同等の相手として交わっている人”
「トモダチとは、こういうものだと……」
ほう、なんだか辞書みたいに定義されてるんだな、天界では。
「……Wikipediaは言っています」
ミスター四宮が、ズッコケを表現するように軽く後ろにのけぞった。
「この同等というポイントが友達のキモなのです。先ほどお二人が仰ったように、友達というのはなんとなく気が合う。意識することなく一緒にいる。そんな自然体でいられる相手という認識……間違ってはいません。いや、大抵の人にとって、友達というのは自然にできていくものです」
田中さんは、黒板から俺たちの方へと向き直った。
「ただし、その実態はギブアンドテイクである、とも言えるのです。こちらが楽しい・心地いいと感じるのと同じように、相手にとってもそうでなくては友達関係というのは継続し得ない」
「でも、利害とかそういうんじゃなく気のおけない関係でいられるのが、ともだちじゃないん……でしょうか? 私も……たまに高校時代の友達と会うと仕事のしがらみとか、そんな面倒なこと一切なく喋れる事にすごくスッキリしますし……その」
たまらず、と言った様子で女の子が口を開いた。
「金森さん、それはあなたがすでに大人になっているからです。今の友人関係というのは、学生時代の与え合いの産物です。すでに十分なキブアンドテイクが行われているからこそ、今も関係は継続するのですよ。
それに、です。仕事の愚痴もたわいもない話も、あなたが聞いてもらうこともあれば、聞いてあげることだってあるでしょう。それもギブアンドテイクです。あなたが一方的に、気持ち良くなるだけなら友達の方も会ってはくれませんよ」
納得した、というわけではなさそうだが、反論も思いつかないのだろう。金森さんはハィ……と小さく返事をした。
田中さんは再び黒板に向き直ると
”スクールカースト”
と大きく書いた。
「では、いよいよ本題です。学生時代の友人作りで大いに参考となるフレームワークが、このスクールカーストです」
続いて大きな三角形を描き、それを横三つに分割する。そして上から一軍・二軍・三軍と書き入れていった。
「細かく分類すると四〜五分類程度になりますが、今回は簡単に三分割にしておきます。平たく言いますと上から”イケてるグループ” ”普通のグループ” ”冴えないグループ”の三段階です」
……確かに、呼び方は違うけど学校のような狭い世界の中でも人間は集まると序列を形成する生き物なんだなぁ、と思い出される。
あれ? というか、金森さんも学生時代の友達がどうこう言ってたし、不幸せの理由と死にかかっている事に対しての記憶以外は普通にあるんだな。
「スクールカーストは、同種の人間が自然と集まって形成されるものではありますが、逆に考え自分がどこのカーストに属するかを分析し、同じカーストの人間と友達になる、という方法を採ることもできます。
さて、鈴村さん。あなたはスクールカーストのどこにいると思います?」
直球の質問に、面食らった様子だったが
「に……二軍」
と答える。
(……違うだろ)
と俺は心の中でツッコミを入れた。他二人も若干目が開いていたので、同じ気持ちだったのだと思う。
「ふむ、あなたは三軍です。しかも、三軍の中でも結構下の方。まずは、自分がどのスクールカーストにいるか正しく認識する事。客観視と自己分析が大切です」
よっぽど納得がいかないのだろう。目を見開き口の端をワナワナさせながら
「で、でも……仮に僕が三軍だったとして、三軍と奴らと関わってたら、ずっとそのままじゃないか。上のレベルの友達を作らないと」
「そこで、同等・対等という友達の定義ですよ。仮に二軍の人と友達になりたいと思ったところで、向こうがそう思うかどうか。
彼らとファッションの話ができますか? 音楽の話ができますか? 流行りのドラマは? 相手を笑わせることはできますか?
トモダチと言えど、ある程度サービス精神を持って、相手に合わせた自己研鑽をしておく必要があるのですよ」
……手厳しい。でも、なんだか無機質な感じもするけど、確かにそういう側面もあるのかも。
「……ゃあ……ない」
小さく、鈴村君が呟く。
「うん?」
「……じゃあ! 友達は要らない」
なんと!? ヤケを起こしたような回答だが、初めて彼がハッキリと喋っているのを聞いた。
彼はそのまま、教室のドアの方へスタスタ歩いて行くとドアを押す。
ガチャ
と軽い音を立てて、扉は抵抗なく開き、鈴村くんはそのまま教室を出て行った。
一瞬呆気にとられていたが、我に返ったミスター四宮は慌てて席を立ち扉に走り寄るが、鈴村くんが教室を出るなりすかさず扉は閉まり、後はヒィヒヒィ言いながら扉と格闘する中年男性のおなじみの姿が展開されたのみだった。
「え? 出て行っちゃいましたけど!?」
俺は、思わず声を上げた。
「ですね。鈴村さんはこれで修了です」
「けど、友達要らないって」
「ええ、それが彼の結論です」
「友達を作れるようになるための講義じゃないんですか?」
「いいえ。友達について考えるための講義です。そして、彼は答えを出し、神様はそれを受け入れた。あのドアが開くとはそういうことです。
望むものが得られないならば、独りで構わない。そう心に決めているならば、友達がいなくても悩むことはないでしょう。
大切なのは、不幸と感じないよう心を決めることなのです。
独りでも気にしないという心を持つことは、実はスクールカーストから解脱する唯一の方法なのかも知れませんねぇ」
メガネをクイと上げながら呟くように語る田中さん。そこから少し離れたところで、ドアとの格闘を諦めたミスター四宮が床にへたり込んで呼吸を整えている。
「さぁ、次の講義に参りましょう」
田中さんはミスター四宮に目線をやりつつ、手を打ち鳴らし、着席を促す。
〜続〜
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