「あたらしい船(物語)」⑧〜完結〜
もう4月も半ばだと言うのに、雨の日は手足が冷えますね…。
最終話なので、あらすじから🌸
〜あらすじ〜
その場しのぎに過ぎない快楽に身を委ね過ぎて、なにかを欠かしたり、傷つくことを恐れて素直になれずに、気がつけば失っていたりする。
どうすれば良いのか、自分の希望の針路はとっくに見えていたはずなのに、不幸でいるのは容易く、幸せになるための責任を持てずにいた。
そんな主人公と、周りの人々のとある秋の物語です。
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冬の音は乾いていて、春の風はやわらかく、夏の音は執拗で、秋の風はつよい。
自転車の前籠には厚揚げ豆腐が一丁と茄子五本入りひとパックしか入っていないというのに、つよい向かい風に思わずわたしは自転車を止めた。踏ん張って前方を睨む。ふだんあの焼鳥屋へ行くときは、焼き鳥屋のある通りから二つ先の通りに駐輪場があるのでそこに駐輪している。だがこの向かい風の中、自転車を進めるのはあぶない。わたしは前方左手に見える駐輪場のマークへと自転車を引いていった。
駐輪場から焼き鳥屋までは徒歩で向かい、店の戸を引くと、頭の上でカランと鐘が鳴った。
「おーマイちゃん、いらっしゃい」
オーナーにそう言われカウンターへ入ると、そこにはわたしを呼んだマエダさんとケーコさんの他に、重たそうなメガネをかけた灰色のスーツ姿の男性が端の席に座っていた。その男性は五十代の半ばに見え、ハイボールと焼串のカシラとつくね、ハツをただ黙々と食べていた。
「マイちゃん、遅いじゃない」
マエダさんが唸るように言った。わたしは笑いながら、小さく首をすくめた。
「やる事が中々終わらなくて」
「カシラサシ全部ケーコさんが食べちゃったよ」
冗談らしく大きく抑揚をつけ言いながら、マエダさんは自分とケーコさんとの間にある空席を引いてくれる。
席につくとオーナーがわたしを見て「ハイボール?」と微笑んだ。わたしはそれに頷くと、ポシェットからスマートフォンとハンカチだけ出して、それを椅子の下についた物置台に下ろした。
「さっきサクマくんとユカちゃんが来たんだけどさ」
マエダさんが言った。隣でケーコさんが静かに「氷と炭酸」を頼む。その手元には片付け損ねたかのようにバラの香りのするハンドクリームが置かれていた。
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