ずっと信じてきたもの
あなたの信じている世界。
それはどんな世界だろうか。
私は先週入院をして、手術をして、先週のうちに退院した。詳しくは先の投稿をご一読いただけると入院の内容がわかるかと思う。
実は入院する数日前、手術をするにあたっての再検査をしていた。
血液検査や患部のレントゲン検査等が主な検査内容だった。大きな病院だったので、検査結果はすぐにも医者の手に渡り「うん、肝臓の数値もいいし血液検査には問題なし! 十分な健康体ですので、手術できますね」というお墨付きを頂いた。
ところで私はサプリメントオタクである。
ここ数年、私は血液検査の肝臓に関する結果があまり良くなかった。良くないとは言っても再検査というほどでもなく、日常生活内で改善可能な範囲での異常だ。身に覚えしかない長年の飲酒生活が祟ったのだと思った。これまでなんの異常もなかった数値の横に ”*H” の文字があるのが苦々しかった。なんの汚点もない優秀な成績が地に落ちたようなショックを受けた。
最初の年は、肝臓にいいとされるタウリンのサプリメントを一年間飲み続けた。結果はまったく変わらず。次に私がしたことは、タウリンの摂取をすっぱりと止め、休肝日を設けることだった。折しも社会はパンデミックにより夜の宴席がしにくい日々となっていた。ところが、長期の断酒とも言える生活を送った血液検査の結果は大した変化がなかった。つまり、肝臓の数値が悪い原因は酒だけではないということだ。
次に私はスルフォラファンを摂取することにした。こちらはブロッコリスプラウトをスーパーで買ってきて自宅で食事をする際には必ず食べることにしていた。なにこれ、私、意識高い。しかし、自宅で食事をするのも数日に一度くらい。やはりサプリメントにも頼ろうと新たにターメリックを摂取することにした。しかし、ターメリック摂取によって肝臓の数値は若干の改善が見られたものの、劇的な変化は見られなかった。
ここで私は自分のしていることがバカバカしくなった。
酒を控えるのをやめよう。飲んだって飲まなくたって同じなんだから、どうせなら浴びるほど飲んで楽しくやろうじゃないか。
酒を控えることを止めた私は飛ぶ鳥を落とす勢いで飲酒を再開した。自宅で簡単に野菜を摂取できる便利さから、スプラウトは引き続き食べていた。ターメリックは肝臓の数値を改善することはなかったが、肌の調子が良くなった気がするので引き続き摂取していた。肝臓の数値に変化はなかったが、しばらくの断酒が功を奏したのか、この頃から二日酔いになることが激減した。
そして私は運命のサプリと出会った。
ミルクシスルである。
摂取のタイミングや量が比較的自由なのも私に向いていた。私はこのサプリを飲んでみて、血液検査の結果にどのような変化があるかを次の人間ドッグで見てみようとワクワクしていた。今度こそ効く気がする!
それでだ。
サプリを飲み始めてからちょうど半年というところで手術前の血液検査があったわけだ。
私の中で膝の先生のひょうきんそうな声が今一度響く。
「うん、肝臓の数値もいいし血液検査には問題なし…云々」
え? もう一度言って? 肝臓の数値がどうだって?
この日の診察で、私は血液検査結果をもらっていなかった。欲しいと言えばくれただろうに、言うのを失念していたのだ。
入院当日はただもう病院内でゆっくり過ごせばいいだけなので、寝衣に着替えることもなくぶらぶら過ごしていた。検温に来た看護師さんに、血液検査の結果はもらえるかとお願いすると「いいですよ!あとでお持ちしますね」と請け負ってくれた。よし。これでミルクシスルの効果がわかるぞと私はガッツポーズをした。
しばらくすると、看護師さんが血液検査の結果を持ってきてくれた。アルファベットと数字が記述されただけの、どちらかというと通好みなフォーマットで表記されていた。用紙は三枚。一見しただけではその数値が何の数値だかはわからない。一枚目、二枚目と目を通し、三枚目の用紙を見た時、初めて意味のわかる言葉が出てきた。
血液型
オモテ
ウラ
という項目だ。さすがにわかる。日本人でこの言葉の意味がわからない人はいないであろう。オモテとかウラとかはともかく、血液型という言葉は私でもわかる。
ちなみに、おぬき家はA型一家である。
私の家族は、父がO型でそれ以外の家族はみんなA型だ。親戚もほとんどがA型だ。AB型もいるけど、それは嫁だ。おぬきの血筋ではない。
日本では血液型占いという人類を四分割にした大雑把な占いが大変人気である。一般的にA型は「几帳面」「慎重」「人の目を気にする」と言われている。B型は「マイペース」「こだわりが強い」「自分の世界がある」、O型は「こだわらない」「自由人」「ポジティブ」、AB型は大抵血液型ギャグのオチとして使われるが「行動力がある」「話題がころころと変わるが自分の中では全部繋がってる」「人の驚く顔が好き」という具合だ。AB型だけ、一言では収まりきらない性格なのが血液型あるあるのオチなる所以か。
話は戻る。
血液型の項目の下に、オモテ ◯型 ウラ◯型
と書いてあった。私は血液型の言葉の意味はわかるが◯型という意味がわからなかった。なんだろう? 血液型なんてみんな知ってるからあえて表示しなくてもいいよね、の◯なんだろうか。
用紙を持って私はナースセンターまで行って尋ねた。
「あのう、お忙しいところたいへん恐縮なのですが、血液検査の基本的なことを教えていただいてよろしいでしょうか」
看護師さんがキョトンとして私の顔をまじまじと見る。
「とても基本的なことなんです。この ”血液型” と書かれた項目は、血液型が表示されるのでしょうか」
「ええ、普通はそうですけれども…」
看護師さんはとても不思議そうに私を見ている。
「この ”◯” と書かれたところは、マルですか?」
看護師さんは驚いたように眉を上げて私の検査結果を手にした。そしてこう言った。
「マルではなく、オー、ですね」
「え?」
「え?」
「…え?」
えええええええええ!?
私は動揺した。小さな頃から「のりこはこんなんだけど、実はA型だからね」と言われ続けてきた人生が、何型?と聞かれてしぶしぶ「A型」と応えると決まって「えええ?そうなんだ。実は真面目なんだね」と言われてきた人生が、私自身も「えっちは電気を点けてする方のA型」なんてわかりやすい説明を用意していた人生が、走馬灯のように私の脳裏を廻っていく。
「間違いないですか?」
「ええ…。よっぽどのことがないかぎり、間違いではないと思います」
私は脳内で膝から崩れ落ちた。
え? 私、O型だったの? え? でも母子手帳にA型って書いてあったよね? あれ? 今までどこかに提出する書類にも親が"A型”って書いてくれてたよね? なにこれ? 異世界転生? パラレルワールド?
私はきつねにつままれたような気持ちで病室に戻った。姉にLINEをした。「私、O型だったよ」という私の言葉に
「それはびっくりドンキー」(原文ママ)
という驚いたのか驚いていないのかよくわからないLINEが返ってきた。ほんとに驚いてるのかね。ちなみに、その後の情報によれば姉はちゃんとA型とのこと。父にこの件をLINEすると、普通に数日既読スルーされた。
もしかして、私の血液型のせいで父は私が本当の娘ではないと確信したのか、それとも母の不義を今更ながら疑っているのかと気を揉んだけど、ただのアプリの不具合だった。
あなたの信じている世界。
それは、”マル” か ”オー” かでいともたやすく覆されるくらい朧げなものなのかもしれない。
テュルルルルッ♪ テュルルルルッ♪ テュルルルルッルッ♪ テュルルルルー♪