たわごと #014 はびこる、自称オタク。承認欲求。ミーハー受動的性質。第5段
この回でラスト。オタクの本質についてまとめる。
この記事は第5段の記事である。
第1段では、オタクというものの定義について触れた(第1段リンク)。
第2段では、なぜオタクになりたがるのかの要因を列挙した(第2段リンク)。
第3段では、現代のオタクという言葉の使用例を列挙した(第3段リンク)。
第4段では、旧来のオタクの本質を事例から捉えていった(第4段リンク)。
まとめ
これまでをまとめると下記表のようになる。
オタクの本質
オタクの本質は、コンテンツそのもの、
あるいはそれに付随するものに対する愛である。
ただし、それは旧来のオタクの話である。
自称オタクの本質は、他者とつながるための踏み台であり、
自身のキャラ付けのためのファッションである。
異論はあるだろうが、それを認めることはおおよそできない。
なぜなら、この文章を見た君が、オタクを自認しているならば、その事自体が、オタクとしての強度の低さを物語っているからだ。もし君がアニメオタクならば、こんなちゃちな文章を読んでいないで、すべからくアニメを隅から隅まで誠心誠意楽しんでいるべきだし、もし君がアニメオタクならば、自身がオタクに分類されるかどうかは問題ではなく、アニメを楽しめるかどうかが問題のはずであるからだ。
異論はオタク分析が趣味のオタクオタクのみに許される。
あと、これだけは言いたい。
嫁がころころ変わっているようなやつはオタクじゃない。
旧来でも自称でも許さない。
浮気、ダメ。ゼッタイ。
閑話休題。
つまるところ、僕の論旨はこうだ。
旧来のオタクは含蓄があり、話していて面白いが、自称オタクは熱量も知識量も語彙力も非常に浅く、話していて全く楽しくないので、オタクを名乗らないでほしい。
オタクと言われた時点でちょっと期待してしまう自分がいる。
どうせ自称オタクしか巡り合わないというのに。
つまり?
このようなオタク原理主義的心理は時代にそぐわないのも理解している。
言葉は変容し、移ろい行くものであるということも理解している。
ことの問題は時代の変容が主たる要因である可能性が高い。無論、人間というものの怠惰性や帰属意識とその集団における承認欲求の充足にも、原因がある。
特に現代においては、コンテンツの大量生産・大量消費、無料コンテンツによる作者・作品への敬意の欠落の助長、口を開けてコンテンツという餌を待っているだけのミーハーな消費者が持つ受動性に問題があるのではないかと。
が、人は変わらないし、変えられない。
なので、旧来のオタクを指すミームがあればなぁ、と。
5回にも及んで思考を整理してnoteを書いた結論がこのようなものとは……。
かくも世の中はカオスなことか。
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