底辺社会人だった僕が、コピーライターになるまで。
最近、出会った方も増えてきましたので、改めて自己紹介しておきます。
なんとなくですが、よく分からない人認定されていそうなので、念のためです。
あと、ライター志望の方で、割とこのブログを見てくださる方もいらっしゃるみたいなので、参考になればと。
では、いきます。
話すとびっくりされることが多いのですが、高校卒業後、中央省庁で本官として3年ほど勤務しました(有名マーケター神田昌典さんと同じ省庁の出身ですw)。
1年ちょっと、人事業務を担当してから、その後、当時、激務だった部署のひとつに異動し、初めて外国の方との仕事も経験しました。(外国の方は主張が強いですw)
こう書くと、英語ペラペラ?って聞かれますが、全くできません笑
そして、3年経ってやめましたw
仕事はめちゃくちゃ面白かったんですが、自分の中に、何となく、「このままだと世間知らずで終わりそう」という感覚があって。
何となく。本当にただ何となく、もっと社会を勉強したいと思って、民間企業に就職したくて退職しました。
当時は、勉強し終わったらまた元に戻って、内部から変えて行こう!と意気込んでいたのですが、法律上、元に戻れませんでしたw
(厳密には戻れなくはないのですが、まあ、ハードルが高いです)
その話はさておき、そして、、
たぶん、あまり想像つかないと思いますが、次に選んだ仕事が、ウェディングプランナーですw
役人時代は、裏方仕事が多かったので、直接感謝される仕事がしたかったのと、
自分の中の働くモチベーションが、「誰かに喜んでもらうこと」と「幸せに携わる仕事がしたい」なのは明確だったので、この仕事を選びました。
転職のことは右も左も分からず、ネットで調べるがままにたどり着いた転職支援サービスを人生で初めて利用します。
実は社会人になるまで、自分の中では、大きな苦労もなく、トントン拍子にことが決まっていっていたので、転職もスムーズに決まると思いきや6社から落とされましたw
しかも書類選考でですww
いま思えば、企業からすれば、あまりに求める人物像と違ったんだろうなと思いますが、、、
若かりし自分は、その結果に満足できず、第一希望だった会社にもう1度、自分で書類を送ります。
おそらく、2回目の応募は、最初の応募から半年以上は空けなきゃいけないなどの規定があるとは思うのですが、、、
当時の自分はそんなことも知らず、鼻息も荒かったので、
「面接もせずに人の話も聞かず、書類で落とされるなんて全く納得がいかない!」
とか思って、速攻で2回目の応募をしてましたw
ただ、普通に応募したところで、同じように落とされるだけとは思ったので、ここである工夫をします。
それが「手紙を同封する」ですw
(思えば、この時から僕のライターとしてのキャリアがはじまったのかもしれませんww)
自分がなぜ転職をしたいと思ったのか、これまでの自分の生い立ちやこれから叶えたいことなど、履歴書や職歴書とは別に、想いの丈を手書きで書き綴りました。
ちなみに、転職のセオリーでは、”企業にどうやって貢献できるか”、”入社して何がしたいか”などを丁寧に書く必要があるそうですが、そういうのは、いっさいなしですw
完全に自分の考えしか書いていませんでしたww
ですが、この手紙が奇跡を起こします。
そう、なんと面接の連絡がきたんです!
有り余る感動と驚いた感覚を今でも覚えています。
そして、面接の当日。
大事な場面では、時間は15分前には到着する派なので(よほどの場合は、1時間前に1度下見にも行きますw)、ばっちり到着。
いくつか面接のシミュレーションも行っていたのですが、あまりの緊張に終始ぎこちなく進んでいました。
そして、最後の質問。
どういう意図だったかはいまだに分かりませんが、「あなたは嘘が得意ですか?」と聞かれ、めちゃくちゃ引き攣った顔で、「はい!得意です!」と答えました。
ああ、きっとダメだろうなと思った瞬間です。
数日経っても連絡もなかったので、もうダメだと思っていましたが、意外なことに合格を貰えました。
そうして、僕のウェディングプランナーとしてのキャリアが始まります。
民間企業が初経験で、営業も初経験。
何事も初めて尽くしだけど、これまで上手く行かせてきたように、きっと上手くいくと思っていましたが、初日から打ち砕かれますw
能動的に動く必要があること(体育会系だったのでこれは大丈夫でしたが、周りも凄かった!)、想像以上に難し営業の仕事。
正確には覚えていませんが、偉大な先輩方にみっちり手順を教えてもらっていたのに、1年近く営業成績は0だったと思います(こればかりは未だに笑えない)
この時、1番挫折を味わったと思いますw
こうも自分ができなさすぎると、さすがに自信も喪失するし、何よりお荷物感がすごくて、結構辛かったです笑
でも、ある時、異動することが決まり、運命を変える出会いがあります。
本当に当時の企業には感謝なのですが、僕の異動はマイナスの異動ではなく、プラスの異動でした。
というのも、より活躍できる(であろう)場所を考えての異動をしてくれていました。
そこで、当時の上司と、ひとりの同僚と出会い、自分を変えることに成功します。
長くなるので、詳細は割愛しますが、要するに、そこではじめてビジネスのいろはを学んだんです。
予算管理や目標設定から、顧客満足度にもちろんセールスのこと。
そして、何より自分で営業セミナーに出てみたり、本やDVD(懐かしいw)を買ってみたり、自分に投資していたのもこの頃です。
もちろん、お金はなかったので、全部無料セミナーですw
それでも、学びを活かすのは自分次第なのか、結果として、最低クラス(嘘偽りなく、会社最低レベルだったと思います)だった成績も上昇。
トップにはまだまだ及びませんでしたが、これまでの自分と比べて、自分でも成長できたと実感できるくらい成績も周囲からの評判も変わっていました。
そこから、もっと営業とセミナーで学んだマーケティングのことを勉強したいと思って、2度目の転職をします。
2度目の転職は催事事業で、駅ナカでよく期間限定でお菓子を売っている売り子をやってましたw
営業やマーケティングを勉強していたこともあり、会社も売り方をとことん研究していたこともあり、、、
成績は競合他社の倍どころじゃなく最大7倍もざらにありました!
いや、結構、本当に売りまくってましたw
この頃に、深夜2~3時に寝て、翌朝4時に起きて、始発で都内の会社まで行って、そこから車で茨城や栃木、群馬、埼玉まで行って、深夜12時に帰って・・・という生活をはじめてしましたが、キツかったですw
とはいえ、まあまあ、面白い仕事ではありましたが、ここでは言えない、会社側の事情があり、退職しましたw
そして、いよいよ、自分で何かをはじめるかと思いきや特にやりたいこともなく、いったん地元の福岡に戻ります。
せっかくセールスとマーケを学んできてて、かつ、当時、独学で学んでいたコピーライティングを習得したくて、デザイン会社に就職します。
これまでにも副業とはいえ、いろんな案件のコピーを書いていたのですが、はじめて企業のコピーライターとして、LP制作をひたすら行いました。
確か、1年しないくらいで、ちょうどWebマーケ・コンサルの会社を一緒に作らないかというオファーをいただき、はじめて出資を経験し、取締役CMOという地位を得ましたw
まあ、肩書きは飾りみたいなもので、僕はひたすら現場でライターやったり、マーケ戦略を考えたり、電子書籍本書いたり、コンサルサポートやったり、セールス代行したり、セミナー講師をサブでしたり。
まあ、いろんなことを経験させていおただいたのですが、そこでも会社でトラブルがあって、分解しましたw
そこから、少し疲れ切ってしまい、もう1回、地に足つけたところからはじめたいと思ったのと、Webじゃくて経営やリアルのマーケを学びたいと思った矢先、声をかけていただいて福岡で飲食店の店長に就任します。
ここでも、取引先開拓、仕入れ、メニュー開発、調理、オペレーション、財務管理、採用、1から10まで、本当に濃い経験をさせていただきました。
コロナ禍で経営が苦しくなった時も、デリバリーやテイクアウトにシフトしたり、当時の社長やスタッフのみなさんに支えていただきながら、毎日が瞬で終わるくらいリアリティある生活でした。
唯一、当時はまだ僕も考えが甘く、衝突してしまって、辞めてしまうことになったのが心残りではありますが、それもそれで必要な学びだったのだろうと思いますし、その経験も含めて、本当に密度の濃い時間でした。
そこから、やっと今の仕事に至るのですが、たまたま、ずっとライターとしての僕を待ってくださっていた方がいらっしゃって、今の仕事を始めるに至ります。
ちなみに、今の仕事の話が1番少なくなりそうですw
人事、事務、営業、接客、販売、ライター、飲食、経営。
などなど、いろんなことを経験してきましたが、、、結局、1番好きなことであり、好きな業界にも携われるライターの仕事をしています。
今はライターとして、
企業が発信したいメッセージを作ったり、書籍にまとめたり、広告や売り上げを上げるためのコンセプト設計から、メッセージ作り、LINEのシステム設計まで。
ライターだけでなく、マーケや周りの細々した作業を全部やっていますが、強く思うのは、関わってくださった方に少しでも楽させてあげたいなと思います。
個人で活動されてる方や日本の中小企業って、本当にいいコンテンツを持たれている方が多いと思います。
でも、ものづくりはできる、サービス提供は上手だけど、売り方がわからなかったり、迷いがあったり。そんな方々が多いんです。
だからこそ、そういう人々に好きなことに集中できて、一緒に豊かになっていけたらなと思います。
よく自分を見せるには、絞りなさいと言われるし、僕もプロダクトやサービスにそうアドバイスすることも多いですが、自分のことはこの通り、絞らず何でも屋みたいになっています。
ただ、僕は目の前の方やお知り合いの方に、できることは何でもしたいと思っている精神で、このスタイルも気に入っています。
いずれ特化してるかもですが、駆け出しの方はここは参考にしないでください笑(笑えねえよ)
長文となりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。