ハトは地下鉄で鳴く
【たまちゃんの訳あり備忘録】
ぼくはいろんなことをします。ゴルフや波乗りをはじめとするスポーツからギターやピアノなどの楽器演奏にも腕に覚えがあります。広報宣伝や外国語を操ったマーケティングの仕事的なこともやってきたし、FMラジオ局で自分の冠番組でパーソナリティなんてのもやらせてもらった。で、調理師だし、犬のプロとして愛玩動物飼養管理士でもあります。周りは多芸多趣味だと持ち上げてくれますが、まっ、器用貧乏ってことです。
でも胸を張って「やれる」と自慢できることがひとつあります。それは「マジック」手品です。口幅ったいけど、おじさんのスナック芸ではありません。十八番はクロースアップマジックというテーブルを挟んで対峙する観客を目の前にして演じるカードやコインの手品を得意としてます。
変わりダネとしては、コカコーラが並々入ったマクドナルドのカップを両手でぐしゃっと叩き潰したり、ワインの入ったボトルに500円玉を貫通させます。そんなマジシャンなぼくですが、なかなか経験したことのないネタというのがあります。いわゆる古典的なステージマジックと言われる、大きなホールなどの会場のステージ壇上で演じる手品などです。胴体切断、空中浮遊、瞬間移動など、昔、テレビのショーでよく演じられていたネタです。演じ方や仕掛けといわれるネタはもちろん知っていますが、職業マジシャンでもない限りそれらを演じる機会に恵まれることは稀ですからね。
後輩の結婚式の披露宴でのマジックを頼まれたことがありました。
元勤めていた会社の部下だった彼はぼくの手品を気に入っていて、披露宴でスピーチの後に余興としてネタをやってほしい。そんなリクエストでした。しかし、200人ほどの招待客の各テーブルを回ってクロースアップマジックを、というわけにもいかない。さて、何をやるか。演目に苦慮していた。
で、考えたあげく「ハト」を使うことにした。縁起物だしね。
さて、ハトを調達しなければならない。
ツテをたどって探り当てた茅ヶ崎に住む手品仲間が、演目用に仕込んであるハトを貸してくれるという。この人、普段は自動車教習所の教官をやってるがセミプロのマジシャンとしても仕事をし、大仕掛けのステージマジックを得意としていた。が、路上教習中の信号待ちでササっとコインマジックなどを披露して女生徒をゲットするのが、じつは一番の得意技だった。むかし、九州在住の手品の師匠が同じだったという縁で知り合ったやつだ。
二匹のハトは演技に合わせた動きを最高レベルに仕上げてあり、格納する「内ポケット」付きの燕尾服も貸してもらえることとなった。その辺の仕掛け的なことは勝手に想像してね。
結婚式当日。早朝、世田谷から湘南の茅ヶ崎まで車を飛ばしてハトを始めとして必要な小道具一式をピックアップに行った。しかし運悪く、その帰りに不測に事態に陥ってしまった。
事故発生の大渋滞。第三京浜の環八出口付近にあと2〜3キロというところで車は滞り始めた。多摩川を渡る左手には二子玉川が見えてると言うのに、ついに車は立ち往生。時間の余裕を持って車移動をしていたはずが披露宴開始まで一時間を切ってしまっていた。車でそのまま日比谷の披露宴の行われるホテル会場まで向かう予定にしていたが、この感じではさすがに間に合いそうにない。
「電車で向かうしかないな」
そう決断したぼくは、勝手知ったる裏道を駆使して最寄りの「用賀駅」地下のパーキングに車を滑り込ませたが、披露宴開始まであと40分。借りた手品用具一式の入ったスーツケースを抱えて駅のホームにダッシュする。けたゝましく発車ベルが鳴る田園都市線「南栗橋行き」に駆け込み「なんとかなりそうだな」とほっと胸をなでおろす。
車両のドア横にもたれかかって息を整えていたぼくは、内ポケットに納めていた「二匹のハト」の具合をそれとなく確認する。どうやら問題なく落ち着いているようだ。ふと我に返り、周りの様子を見回すと日曜日の午前中という時間帯で乗客はまばらではあったが、ほぼ全員の視線にロックオンされていた。借り物の「ハト収納機能付き燕尾服」は普通のものより上着の裾が異常に長く張り出しているデザイン。そんな出で立ちで馬鹿でかいスーツケースを抱えて車内に飛び込んできたぼく。しかも大汗をかいている。どうかしてる人にしか見えない。
そんな中、事件が起きたのは用賀から四駅目。渋谷の一つ手前にある「池尻大橋」駅に到着寸前で起こった。
キーっ、と耳を擘く金属が軋む音がして、突然電車が急停車した。「急停車します、ご注意くださーい」って止まってから言うなよ、と思うや否や次の瞬間。
「ポロッポーッ、ポロッポーッ」
えっ。
仕掛け燕尾服の右側ポケットに収まっているハトが鳴き出した。さらに事態はさらに悪い方向へすすむ。「ポロッポーッ。ポロッポーッ」左側ポケットのもう一匹のハトもつられて鳴きだした。不可解なハトの鳴き声が聞こえるその方向のぼくを凝視する、心ない乗客のみなさん。
「ポロッポーッ。ポロッポーッ」
今度はぼくだ。ぼくはなりふりかまわず斜め上をぼーっと見据えて鳴き続けた。ハトが鳴いているのではない。ぼくが鳴きまねをしている。みんな、ぼくが鳴いてるんだからね。
「ポロッポーッ。ポロッポーッ」と、釣られて内ポケットのハトたちも続く。ドアにもたれかかりハトの鳴き真似をするのぼく。アホな人というか、イッチャてるおじさんを力の限り演じ続ける。すてきなアンサンブルだ。横目で怪訝そうにぼくをチラ見して乗降する乗客のみなさん。が、電車は停車したまま動く気配もない。披露宴開始の時間は迫る。
「このままじゃ間に合わない」
思い立って電車を降りスーツケースを抱えて出口改札に走った。地上の国道246号線でタクシーを捕まえた。ハトは鳴き止んでくれている。リアのトランクを運転手さんに開けてもらい、スーツケースを放り込んで後部座席に乗り込んだ。
「あのー、ハトも一緒なんですがいいですか?」
なんて思い余って聞こうとしたが踏みとどまった。了解を得るまでもなく行き先を告げ息を整えた。もう披露宴開始まで15分だ。到着してから時間的な余裕がないので、走り出した車内で演技手順のおさらいのイメトレし始めた。黒いステッキが赤いチーフに変化し最後にステッキが消えてハトが飛び出てくるという演目。チェックしておきたかったのは、螺旋状にセルロイドが巻かれて長い棒状のステッキのように仕立てた用品。このフックを外すと手のひらにスルスルと格納されるというもの。と同時に燕尾服の内ポケットからハトをつまみ出す。この動作確認だ。黒いステッキが赤いチーフに変化する手順。
ぼくは、丸めてあるステッキを確認するためにフックを外した。次の瞬間、思いがけず勢いよく伸びたステッキが運転手さんの後頭部にこつんと当たってしまった。
「す、すみません。痛かったですか?」
動揺したぼくはそんな訳のわからない謝り方をした。よし、ステッキの動作はOKのようだ。赤いチーフを丸めてステッキの中に仕込んで完了。
あとは肝心のハトたち。ぼくは運転手さんに「すみませんけど、ハト出していいですか?」と尋ねた。
「いや、ハトは困ります」
真顔で冷静に答えるシャレのきかなそうな運転手さん。そりゃそうだよな。恐らく長いドライバー人生で、乗客から車内でハトを出していいかどうかを尋ねられたのは初めてだろう。ステッキに殴打された後ろ姿が動揺している。
肝心のハトは羽ばたいて飛んでも引き戻しが効く躾が入っているが、これは車内での確認は不可能となった。赤いチーフから生まれ出たハトが「手から肩にのる」というのを確認できないのは痛かったが仕方ない。もうぶっつけ本番。破れかぶれでやりきるしかない。
タクシーがホテルに滑り込む。トランクからポーターがスーツケースを出していたので、披露宴へ運んでくれるように頼んだ。宴は開始していたけど、ぼくの出番には間に合った。
さて、いよいよ元上司であるぼくが登場する時間がやってきた。新郎の暴露話を盛り込んだスピーチをし、なんとか場をこちらに引き込んだ。つかみはオーケーだ。さぁ、続いては手品。みなさん、マジックですよーっ。期待してねー。だれもぼくがハトを出すとは思っていない。
おもむろに黒いステッキをシャキーンと取り出す。おーっ!とオーディエンス。さらにステッキは消え赤いチーフに早変わりする。
おっ、おーーっ!
ボルテージが上がる。さぁ、準備はいいか、ハトくんたちよ。君たちの出番だ。斜めに身体を構え直し、赤いチーフを胸元に引き寄せて右手でまず左内ポケットのハトを掴んで取り出す。手の甲に乗せて赤いチーフをひらりと外し、平和の象徴ハトくんが会場に羽ばたクライマックスだ。
えっ。
ハトは赤いチーフをすり抜けて、まるで木彫りのカモのように、力なく「どすん」と床に落ちた。完全に気絶してる。
大変だったのはわかるけどさぁ
飛びなさいよー。
Fin.