スペシャルティコーヒーの市場
スペシャルティの定義
"スペシャルティ"というと、とても大それたものに聞こえてしまいます。かくいう私も初めてその言葉を聞いたときに、「自分はとんでもなく高級なものを嗜んでいるのか?」と感じてしまったものです。
とはいえ、コーヒーはある程度価格の天井の決まっている商品であるため、最高級スペシャルティとは言っても青天井の金額になることは珍しいです。最近は一杯数千円、数万円というレベルのものも存在しますが、大半のスペシャルティはドリップのお店でいただいても1,000円程度あれば飲めます。
そもそも、コーヒーのグレードは大きく分けて三つに分かれます。①スペシャルティ②プレミアム③コモディティ(ローグレードと呼ばれるものもありますが、今回は割愛)が存在し、これらの三つの区分けは「点数付け」によって分かれています。SCA(スペシャルティコーヒーアソシエーション)という国際団体の日本支部であるSCAJが定めた基準に従い点数をクリアしているのか、で判断します。(とはいえ、トレーサビリティが明らかで生産者や消費者がスペシャルティと認めるものは"スペシャルティ"と呼ばれている、という実情もあります)
点数付けは、①カップ・クオリティのきれいさ②甘さ③酸味の特徴評価④口に含んだ質感⑤風味特性・風味のプロフィール⑥後味の印象度⑦バランスに加えて生豆として産地でどのように評価されているか(製造工程や品質管理も含む)、等が基準となります。これらを項目ごとに点数付けし、100点満点で80点以上を取得したものがスペシャルティと名乗ることができるというわけです。
コーヒーの種別
スペシャルティ以外でもプレミアムやコモディティでも非常に風味豊かな豆は存在します。むしろ、豆の個性がスペシャルティ以上に出ているものもあるくらいです。生産者視点でとらえると、"スペシャルティ"を名乗るための手続きを踏まずとも十分にファンがついていたり、売れ行きに問題がない場合などは、味に自信があるとしても敢えてスペシャルティの称号を獲らないというケースもあるため、このような現象が起こっているのでしょう。
それもあってか、ブラジル、インドネシア、コロンビア等の生産国の中でもコーヒー大国に位置づけられる国の豆は、スペシャルティの基準を満たしておらずとも、非常に風味が豊かなものが多い気がします。(標高が高い地域で生産された豆の方が香りが凝縮されるためスペシャルティを取りやすい一方、上記三国はそれ以外の場所で生産された豆で十分に風味豊かなものがあるため)ただ、結局は消費者視点でどの程度の価格受容性があるのか、という話が関わってくるのでプレミアムコーヒーは一般的にスペシャルティコーヒー以上の高価格帯では特別な理由、もしくは強みがない限りは売ることが難しく、一般的にプレミアム・コモディティの方が価格帯は低くなります。
ざっくりと説明してきましたが、基本的にスペシャルティコーヒーは他のコーヒーとは一線を画し、生産者が努力を見える化している豆のことを指していると思えばわかりやすいでしょう。もちろん、プレミアムやコモディティレベルで風味豊かでおいしい豆はあるのですが、そもそも品評会に参加したり、生産工程をオープンな状態にしたりなど、生産者にとって手間のかかる工程が必要になります。こういった部分も含めて、価格が少し他の豆より高いと認識いただければと思います。
つまり、豆の価格帯の違いは、必ずしも味や香りに表れているわけではなく消費者の舌で感知する部分以外にお金がかかっている可能性がある、ということです。
なぜスペシャルティに拘るのか
上記を踏まえると、一般的に自家焙煎店は「味や香りがよくてコスパがいい豆」を探し、「美味しさゆえのプレミアム価格」として販売する方が売り手にとっては儲かりやすい、と言えると思います。要するに、「おいしさ」「香り」のみが評価される世界観ではそこをコスト低く味わっていただくのが最も効果的であるという意味です。
では、なぜ当店ではスペシャルティに拘るのか?この答えは、私自身がスペシャルティコーヒーを通じておいしさの先にある価値を見つけたいと思っているからです。スペシャルティの価値は、そのストーリー性にあります。なぜ、高級なワインやウイスキーにはそれだけの価値がついているのか、その理由と少し似ている気もする話ですが、それらにはそれだけ作り手側の拘りがあり、それを世の中が「美味しさ」あるいは「面白さ」として評価しているのです。村上春樹氏の著作で、「もし僕らのことばがウイスキーであったなら」というエッセイがあります。ひとことで要約すると、彼がピート香るシングルモルトで有名なアイラ島を実際に巡り、その土地の風土や文化を五感で体感して「やはりアイラのシングルモルトって現地で飲むと格別においしいんだよな」と言っている本です。(実際にはもっと沢山情緒のある言葉を紡ぎ、様々な情景を想起させるような趣深いエッセイなのでご一読をお勧めします)この本を読んで感じたことに近いのですが、やはり作り手の拘りや製造過程、更にはその拘りの製品が一定の基準に於いて評価されているという全ての要素が積み重なり、人が共感するストーリーが生まれると思うのです。
こうしたストーリー性が例外なく存在していて、かつ風味が豊かであるスペシャルティコーヒーの世界は大変奥深く、これに興味を持ってくださった方と対話する中で、互いに価値観をさらにアップデートしていけると感じています。
Coopers Coffeeの目指す世界観
私は、一杯のコーヒーから「この味はどう作られたのか」「この味とあの味ではここが違うが、その要因はなんなのか」「自分はどのコーヒーに含まれる、どの風味が好きなのか」といった自分の内側に迫っていく体験を深めていきたいと思っています。無論、ウイスキーやワインも似たような世界観を持つものですが、スペシャルティコーヒーはお酒を飲めない方でも毎日少量で楽しみやすく、かつお酒ほど高価でもないという点でも大変魅力的な嗜好品です。私自身は、最終消費者に届く前の最後に風味を出す焙煎(もしくは一部ドリッピングも)を担う立場ですが、一つ一つの豆に隠れたストーリーや味わいからコーヒーを楽しむという価値観を広げていけたらよいなと思っています。