鴫川等間隔の間隔を測りに行ったときの話
「鴨川等間隔の法則とは、等しい斥力の場を生む多数の質点が両端固定の線分上を運動する系では初期状態にかかわらず質点相互の感覚が等しくなる定常状態に至る現象を記述したものであり巨視的に観測される例として鴨川の岸辺が」――という具合に奇を衒って書き出そうかとも思ったのですが、このような言い回しに寒さを感じる人にはブラウザバックされ、寒さを感じない人には筆者が理系的なものについて一切無知だとバレて結局ブラウザバックされる、まさしく諸刃のこぼれた剣だと気づいたので辞めておくことにしました。関係ないですが、「衒(てら)う」って字面の時点で全力で衒いまくってて面白いですよね。
「鴨川」は京都市を流れる雄大な一級河川です。その河川敷は年中、老若男女問わず多くの市民にとって、気ままに語らったり飲んだり本を読んだり楽器を演奏したり昼寝をしたり、穏やかな憩いの場となっています。
そして繁華街の近くの鴨川右岸では夜になると、おびただしい数の人々――主にカップル――が等間隔に整然と座る景観が立ち現れます。川岸に人が増えようと、それぞれの持つパーソナルスペースが相互作用して自然と等間隔になってゆく――これが「鴨川等間隔の法則」と呼ばれるものです。
鴨川等間隔は古今東西さまざまな詩歌に詠まれており、近年では岡崎体育氏の「鴨川等間隔」の詞が秀逸ですが、千年前の都で絶大な権勢をふるったかの白河法皇も、自分の望み通りにならないものとして、サイコロの出目や比叡山の山法師とともに、鴨川に湧くカップルの間隔を挙げた逸話はあまりに有名です。
ところでなぜ、夜の外出もためらうようなこのクソデカ大寒波に覆われた年の瀬の時期に、わざわざ鴨川等間隔の記事を書いているかというと、この文章を書き始めたのが鴨川等間隔びよりの七月で、気づけば半年近く経っていたからです(下画像)。そしてなんとか年内にアップしようと急いで書いていたら、気づけばめでたく年が明けてました。まさにことわざの通り「光陰矢の如し」「締切こそ進捗の母」ですね。後者は今作りました。また、寒さを理由にして外出をためらうタイプの人間は、けっきょく年中外出をためらってることは言わずもがなです。
ちなみに自分は常に流行に乗り遅れるタイプの人間ですが、今年流行していた「新しい生活様式」に関しては珍しく、たまたま二十年前から先取りしていました。
そんな生まれながらのソーシャル・ディスタンス・マスターは、当然ながら一人以上の人間と鴨川で等ディスタンスして楽しむ学生生活とは縁がとんとありませんでした。それでもそういえば一度、鴨川等間隔の距離を実際に測ってみたことがあったことを思い出しました。あれは一回生の初夏の頃でした。
①鴨川18時~20時
六月のある金曜日の五限、講義もないので、線形代数学Aのクラスで出された課題をサークルのボックス(部室)で解くことにしました。ボックスには、サークルの先輩と、その友人の六条さんという学生がたむろしていました。
六条さんは、古い学生寮に住む文学部の五回生でした。
(なお、「回生」という言い回しは全国共通ではないようなので補足すると、四年制の学部における「五回生」とは、単位不足の留年・院試浪人・就職浪人・長期留学・休学などの種々の理由で、通常より一年多く在籍している学生のことをさします)
六条さんの目にはくたびれた諦観が現れているようでもあり、一方でたくましい生命力に満ちているようでもありました。ひとくちに五回生といっても様々なタイプがいますし、人を雰囲気だけから五回生と判別するのはもちろん不可能ですが、それでも六条さんが五回生だと聞いたときには、内心思わずなるほどと頷いてしまったものでした。
「線形代数、今は毎週宿題が出されるのか。一回生の頃は定期テストだけ受ければ良かったけど、ずいぶん変わったもんだな」
逆行列に関する課題を自分が鉛筆を舐めながら解いていると――これは比喩であって勿論このときシャープペンシルを舐めることなく使っています――六条さんはそう言いながら覗き込んで、分からないところを教えてくれました。
(哲学専修の六条さんは論理学の分野で卒論を書いているそうでした。ただし線形代数は、理系の学部ならほとんど一回生の必修科目扱いですが、文学部のクラスでは開講されてません。そのため六条さんは一回生の頃、わざわざ他の学部に潜り込んで線形代数を受けていたことになります)
それから、詳しくは覚えてないですが、「行列の計算、ダルくないですか」「どうでもいいけど行列ってなんで『行列』っていうんだ、『行』と『列』で『行列』ならネーミング適当すぎないか」「『行列のできるラーメン店』みたいな『行列』とも紛らわしいよね」「ああいう店におとなしく並んで待とうという気が起きない」「関係ないけど鴨川の岸辺もちゃんと綺麗に並んでるのは凄いですね」のような感じで会話はマジカルバナナ的な飛躍を見せ、誰かが「鴨川等間隔の間隔ってどのくらい等間隔なのか実際に測ってみたら面白いのでは?」という提案をし、そのまま鴨川等間隔を測りに行くノリになりました。まだ梅雨入りしない金曜の宵の口、若干冷え込みそうではありますが、鴨川に繰り出すのは絶好のタイミングです。揚々と自転車を駆って鴨川の岸辺へと向かいました。
京都市の観光地図を開くと、東に青いYの字が見当たります。これが鴨川です(正確には「Y」の左上の部分が「賀茂川(かもがわ)」、右上の部分が「高野川(たかのがわ)」、そしてIの字の部分が「鴨川」です)。賀茂大橋(かものおおはし)が架かる三叉路の交点は「鴨川デルタ」と呼ばれる三角洲になっており、学生にとって絶好の酒盛りスポットです。
(https://kyoto-option.com/map/ の「広域マップ」より引用)
大学から今出川通(いまでがわどおり)をまっすぐ西に進むとこの鴨川デルタのあたりに出るのですが、いかんせんここらには鴨川等間隔と呼べるべき秩序がありません。賀茂大橋から、荒神橋、丸太町橋、二条大橋、御池大橋をくぐり――2キロほど川岸を南に下り、「三条大橋」までやってきました。三条通(さんじょうどおり)から四条通(しじょうどおり)までの間は、京都で最も繁華な区域です。まだ宵だというのに、右岸に人がひしめき、鴨川等間隔が形成されています。頭上に並ぶ多数の納涼床――鴨川を肴に料理を食べられる屋外のお座敷――の橙色の灯も、情趣溢れてエモエモです。
そこで三条大橋から四条大橋までの区間で計測することに決めました(さらに南に1キロほど下った五条大橋より先の右岸は通行止になってしまいます)。自転車を停めます。本来は川岸には自転車を停めてはならないことになっているので、気を遣います。お爺さんが「そこらへんは撤去されるよ」と教えてくれました。
京都市における駐輪事情をひとことで表現すれば、「基本料金無料、乱数で2300円」です。京都市街地では放置自転車を撤去するトラックが日夜走り回っており、撤去された自転車は2300円と引換に返還してもらうことになります。
そのため、「京都市において撤去します」のアナウンス――日本語全文は「自転車等を放置する事により、道路などの機能に障害を生じさせる事は禁止されています。放置している自転車、及び原動機付自転車を速やかに移動させて下さい。移動されない場合は、京都市において撤去します。自転車等を駐車する際には、正しい場所に停めましょう」――と共に迫り来る撤去のトラックは学生のトラウマになっています。駐輪場のない飲食店では、「『トラックが来ました』と店員が呼びかけするや否や、客が一斉に自転車確保のために外へダッシュする」光景が見られることもありますし、SNSでは「2300円の損失をなけなしの承認欲に変換せんとする哀れな投稿」も日常茶飯事で、あまつさえ「自転車窃盗団」などという表現すらまかり通る始末です。
……「違法駐輪する方が悪いのになんて厚顔無恥な」という至極もっともすぎるお叱りを受けそうで、たしかにそれは至極もっともすぎるのですが、一点だけ弁解させてください、京都では自転車とそれ以外の交通手段の利便性の差が非常に大きいこと、それなのに駐輪場の数が足りないこと、撤去があまりに厳格で一分だろうが二分だろうが関係なくトラックが来たら一発アウトであること、トラックに乗せられたときに返してもらおうとしても拒否されてしまうこと、トラックが過ぎたと見せかけてまた戻ってくるフェイントを使う場合もあること、移転を余儀なくされた飲食店もあること、ちゃんと駐輪場に停めても不届き者に勝手にどかされ駐輪されたりサドルがブロッコリーに変身している場合もあること、などなどの事情があるのです。そのため学生の一定の割合は、違法駐輪の撤去への不満表明にあまりためらいがありません。
もちろん放置自転車を放置しないことは、交通の安全を守るためにも、美しい京都の景観を守るためにも非常に重要です。「景観」という観点について、他に京都には「景観条例」なるものが制定されていることをご存知の方もいらっしゃるでしょう。これは観光資源である古都の空気を守るためのもので、半世紀以上前から存在しますが、十年ほど前にいっそう強力になりました。たとえばマクドナルドの看板のけばけばしい赤は京都では落ち着いた茶色ですし、セブンイレブンの赤・緑・橙の帯はだいぶ細くなっています。和の雰囲気と調和させるためです。
景観条例は、エリアによって強さのレベルに違いがあるとはいえ、国の教育研究機関たる大学のキャンパス周辺でも当然適用されます。二年前までは、大学のキャンパス前の道路には有象無象の団体による「立て看板」が並んでおり、混沌とした時代錯誤な景観を生み出していましたが、今ではそんな違法の危険物はすっかり撤去され、めでたくクリーンでスタイリッシュな景観へと生まれ変わりました。
閑話休題。
そしてさっそく川岸に座る人々の間隔の計測を始めます。
カップル達の後ろをメジャーで計測するのが画になるのはもちろんですが、しかしながらその勇気はありません。今は幸い、文明の利器・スマートフォンがあります。カメラで距離を測れるアプリを用い、一人がスマホを持って一人が棒立ちになるという方法で、メジャーで地道に測るよりは格段にスマートに――しかしその中途半端なせこさが却って痛々しいですが――測ることができました。二人組のカップルであろうが三人以上のグループであろうがお一人様であろうが、ともかく一団体ごとの距離を測りました。
(……鴨川で一人で寛ぐのは、もちろんごく普通にみられる当たり前の光景ですが、今は等間隔ゴールデンタイム、ここは等間隔ゴールデンスポットの区域です。そこに独りで座り込むのは、イマジナリー・ヒトが隣にいるのでなければ中々胆力が要りそうです)
「どのくらい等間隔かってどうやって調べれば良いの?母平均と母分散をt分布とカイ二乗分布で区間推定する感じ?母分散が小さいほど等間隔レベルが高い的な?……いやそもそも人の並ぶ間隔が正規分布に従ってるってみなして良いんだっけ?」「統計を学んでないので分からないです」「まあ誰に見せるでもないしどうせアプリの精度も適当だし、そんなの適当で良いだろ」のような会話を経て調査と呼べないめちゃくちゃ適当な計測になったため、特に胸を張って出せるデータは全くないのですが、というかそもそもデータを持ってないのですが、標本平均はだいたい4メートル強だった気がします。サンプルサイズは忘れました。
……タイトルは「【調査してみた】鴨川等間隔ってどれくらい等間隔?」ではなく飽くまで「等間隔を測りに行ったときの話」のはずなので、ぎりぎりタイトル詐欺にはなっていないはずです。
三条大橋から四条大橋までは六百メートルほど、往復してもすぐに計測は終わってしまいます。二時間後にもう一度測ろうということになり、一旦川岸から階段を上って三条通のコンビニに買い出しに行きました。戻ったのち、ビニールに酒の缶を多数詰めた六条さんは、気前よく一本こちらに勧めてくれました――未成年飲酒取締自警団の方々から燃やされるのを防ぐために書いておくと自分はこのとき成人していました――が、自分はアルコールが苦手なので断りました。ちなみに「酒の缶」という超アバウトな表現は、アルコールが苦手な人特有の表現です。先輩もお酒を好まないたちなので、六条さんは一人缶を空け煙草を吹かしていました。自分は煙草を吸いたいとは思わないのですが、それでも六条さんの煙草を吹かす姿は実に画になっており、ココアシガレットから煙が出る仕様にならないかなと思いました。
②鴨川20時~22時
八時を回ると、鴨川にぞくぞく人が増えてゆきました。びっちり並ぶ鴨川等間隔は壮観です。和気藹々としたグループも騒々しいグループも、仲睦まじいカップルも人目はばからずいちゃつくカップルも、鴨川は等しく寛容に受け入れます。しかし当然の如く、「330――280――540――300――」などと呟きながらいそいそ人様の背後で等間隔を測る不毛な集団は他には見当たりませんでした。自分たちが客観的にかなり痛々しく空しい行動をとっていることはなんとか意識しないよう努めました。八時の結果は忘れましたが、カップルの割合(かどうかは分からないのでとりあえず二人組は全部カップルとします)はむしろ六時の方が高かった気がします。
計測が終わると、そろそろお腹も空いてきたので、岸辺から上がり、再び三条通へと繰り出しました。混雑の中を通り抜け、お店を探し練り歩きます。
「なんだこの店名」
ふと六条さんは道の一画で足を止めて呟きました。視線の先、雑居ビルの二階に掲げられた看板には「和風バーガー・鴨川GO」と書かれていました。気の抜けた店名に反して、翼の生えたやけに躍動的な牛の絵が描かれていました。看板はぴかぴかに磨き上げられ光っていましたが、なぜか「鴨川」の下半分の部分の塗料が剥げ落ちていました。これは入るしかありません。
明度が抑えられた落ち着いた雰囲気の店内に入り席に着きます。メニューには「鴨川バーガー(ハンバーガー)」・「烏丸バーガー (照り焼きバーガー)」・「舞鶴バーガー (えびバーガー)」など、なぜか鳥の字がつく通りや地名の名が取られていました。六条さんは「括弧で補足するくらいなら最初から照り焼きって書けよ」と悪態をつきました。なんで牛なのに鴨川バーガーという名なのかが気になり、宗教的に肉の種類に気を払わねばならないお客とトラブルになったりしないのかが心配になりました。ともかく自分は鴨川バーガーを、六条さんと先輩は烏丸バーガーと舞鶴バーガーをそれぞれ注文しました。
名前は奇矯でしたが、鴨川バーガーはとても美味しかったです。しっとりしていて、それでいて噛むと口中に芳醇な――やっぱり美味しそうな食べ物をうまく描写できる気がしないので、ここ一週間のうちに食べた一番おいしかったものを想像して補完してください、すみません。
フォークを使って食べる本格的なハンバーガーは久々でした。量が多いわけではないので、満腹には程遠いですが、どうせこの後コンビニで夜食を買うことでしょうし、問題ないでしょう。
そのとき突然、先輩の携帯が着信を報せました。先輩が立ち上がって後ろを向くと、小声でしばし話し始めました。電話を切ると、先輩は振り向いて深刻そうな顔で「マジでごめん。急にバイト先に行かなきゃならなくなって、会計は持つので許して。もしまだ測ってたら後で戻る」と言うが早いが、鞄と伝票をつかんで足早に去ってゆきました。
六条さんと共にぽかんと顔を見合わせたのち、「先輩のバイト先ってなんでしたっけ?塾講?」「いや、四条の料亭とか丸太町の書店とかだろ」といった会話を交わしたあと、気まずい沈黙が流れました。六条さんとは知人の友人という、一番微妙な関係です。かといって、このまま帰るのも気まずいです。「……まあ、ちょっとゆっくりしてから、一応22時の分も測るか」という六条さんの言葉に同意し、コーヒーを啜りました。じきに用を足したくなり、お手洗いへと向かいました。
トイレの奥の壁には、トイレットペーパーホルダーが無数に並んでいてゾっとしました。SNSでバズるのを狙っているのでしょうか。用を足して手を洗うと、その壁に川の絵が架かっていることに気づきました。――といっても、よくある「世界一周の旅」のポスターではありません。ドット絵です。粗いピクセル、限られた色数――なんともいえないノスタルジーを感じますよね。
(「ノスタルジー」ってお前の子ども時代は違うだろと指摘されるかもしれませんが、自分は小学校時代にDSやGBAだけでなく無印ゲームボーイ、あのザラザラのドット絵画面でも遊んでいました。ポケモンファイアレッドリーフグリーンではなくポケモン赤緑を遊んでた点で他人に無意味な逆マウントを取っていたあの頃を思い返すと顔から火が出そうです)
絵の素材は普通の紙のようでしたが、奇妙なことに、絵のドットは明滅して川が流れているかのように見えました。不思議に思って右手を伸ばしてみると、絵に触れた途端に手が消氵して彳きまるで粒孒 ベルでバ バラにな と冂時に絵の冋こう側て冉構戊されてゆくかのような感覚をおほえ、続 て右の胴、 、脚と休全休が吸い込ま て きます。甬くも苫しくも いの 下思議てすが、としかく今思い屮してる時急に民く った 思っ らラの白分にも冂しこ が起こ てし て、昆乱 て ま が、 し う い いろうちに、休が王て冉冓成され、トイレで手洗いを終えました。
③鴫川 10110時~
運よく鍵が開いていたのでスムーズにトイレから出れました。トイレって急いでるときほど、いざ用を足して出ようとした瞬間に鍵がかかっちゃったりしますよね。それからしばし八条さんと雑談をし、和風バーガー鴫川GOを後にしました。すっかり空は真っ#000000です。
「つまみを買うか。――お前はそこのコンビニのnは0じゃないよな?」八条さんは立ち止まり聞きました。もちろん違うと答えると、八条さんは安心してコンビニエンスストア(#FF0000と#00FF00と#FFCC00の看板でお馴染み)に入ってゆき、自分も後を追いました。
――亰都に住んでない方に向けてこの発言の意味を説明すると、亰都市のあらゆる店舗には、「一見様お断り」システムが搭載されています。これは文字通り、一度もその建物に立ち入ったことのない者を排除するセキュリティです。扉の前には、艶やかな着物を纏い柔和な笑みを浮かべる門番ロボットが立ち、文字通り目を光らせ建物に入ろうとする者を監視しています。門番の「一見データーベース」になければ、つまり来店回数n=0だと判定されれば、ブブヅケ・キャノンで吹き飛ばされます。
こう聞くと真っ先に、「一度も入ったことのない店に入れないのなら、永久にお店に入れないのでは」という疑問が湧くことと思います。つまりどうにかして、「n=0からn=1」に引き揚げてパラドクスを解消する必要があるわけです。
ここで注意して頂きたいのですが、「来店回数n≧1の人と一緒に来店する」と一部の攻略ガイドに記載されてる情報は微妙に不正確です。より正確には、「来店回数n≧1の人に門番の気をそらしてもらっている間に敷居をまたいで自分のnを1にする」バグを利用します。
門番ロボットは一定時間ごとに体の向きを変えますが、「一見チェック」を行っている間は体の向きが固定されます。そして門番の視野は基本的に前方一直線なので、横をすり抜けても大丈夫です(ただし祇園エリアなど一部のエリアでは門番の視界は広いので、n=1にする難易度は恐ろしく高いです)。そしていったん店内に入ってしまえば、胸を張って「一見チェック」を受けられる寸法です。
春先の亰都では、無数の新入生が無数の大学サークルに無数のお店に連れて行かれる光景が繰り広げられます。新入生にとっては単にその日タダ飯にありつけるのみならず、n=1の店が増えて今後の行動圏が増えるという大きなメリットもあるわけです。この時期にいかにマップの踏破率を上げるかでその後のシナリオの難易度が大きく変わってゆくので、これから亰都の大学に進む方は覚えておくべきです。
閑話休題。
そして鴫川エリアに戻ります。夜10110時を回ると鴫川の水は勢いを増し、等間隔を構成するカップルともども、壮大な景観を作り上げています。
「やっぱり一分の隙もなく等間隔だな」
八条さんは呆れたように言います。測るまでもありません。鴫川等間隔は亰都の最も有名な「景観」の一つなのだから当然です。
ぼんやり川を眺めていると、ふいに木造の船が流れてきました。面白いことに、船を構成する木材があちこち腐って崩れていったかと思うと、すぐに新しい木材が出現して補修されてゆきます。八条さんは「一回生の思考実験で使ったテセウス船に見えるな。大学から廃棄された?」と首を捻っていました。テセウス船とは、「パーツが全て置き換わった物体が、もとの物体と同じであるか」を調べる実験で扱われる、特殊な物体のことだそうです。「思考実験の授業って面白そうですね」「その次の週の、スワンプマンって生物の観察も面白かった。雷に打たれて死んだ後に、同じ姿の個体が出現する生物」のような会話をしていると、
――亰都市ニオイテ、撤去シマス――亰都市ニオイテ、撤去シマス――亰都市ニオイテ、撤去シマス――亰都市ニオイテ、撤去シマス――
けたたましいサイレンと、無機質な女声のアナウンスが響きました。
「まずい、等間隔景察だ!景官ロボが来るぞ!」
川岸の一人が叫びました。景官ロボは、常に十七人一組で行動する質素な着物を纏った顔のないロボットで、景観条例が生み出した代物です。
景観条例は、亰都市における最高法規で、憲法や物理法則より優越します。油断すると自分自身が恒常的な「景観」に取り込まれるおそれがあります。
絶起ツイートを繰り返す落単芸人、憑かれたように毎晩2時に大乂字山をハイキングする学生グループ、食堂で巣ごもり玉子三個と味噌汁三杯を毎日頼み続ける爺さん――周囲で「景観」と化してしまった例に心当たりがある方も多いでしょう。
そこで亰都市は、美しくない「景観」の誕生と定着を未然に防ぐために、「景官」ロボを導入しました。「景官」の乗った「車」が日夜亰都の市街を駆け巡って、美しくない「景観」の兆候を即座に「撤去」するのです。放置自転車(ほうっておくとやがて自転車で溢れかえった「景観」に市が包まれてしまいます)や会話にオチをつけない関東人(ほうっておくとやがて会話にオチをつけない「景観」に市が包まれてしまいます)などが「撤去」の主な対象となるのです。
ところが今度は、「自動徘徊する『景官ロボ』と『車』」という強力な「景観」が誕生し強固に定着してしまいました。「車」は独自の「美しくない」判定アルゴリズムで、亰都の町を日夜駆けまわり町を「美化」し続けています。
そして亰都の一大観光スポットたる鴫川に定期的に現れ、整然と美しい等間隔が構成されているか監視する景官ロボは、特に「等間隔景察」と呼ばれています。
「このままだと『撤去』されるぞ!」
八条さんが切羽詰まって言いました。綺麗に形成された「鴫川等間隔」の後ろで土手を呑気に歩いているこの異物二人組は、「撤去」の対象になりかねません。慌てて八条さんとともにカップルの間に滑り込みました。とはいえ異物が入ったことで等間隔が崩れてしまいます。左右のカップル達は迷惑そうにこちらを見やったのちに大きく距離をとり、そのさらに外側のカップルも素早く小さく距離を取り、瞬く間に新たな「等間隔」が形成されました。
「車」が口条大橋から河川敷に豪快に着地すると、景官ロボ達がわらわら現れ、岸辺の道を滑り始めました。鴫川等間隔では楽しそうに喋り続けなければ「景観」を乱すとみなされてしまいます。内心冷や汗を垂らしつつ、八条さんと笑顔で中身のない会話をし、景官ロボが通り過ぎるのを見てほっとしました。しかし束の間、
「てかさ、等間隔とかマジダルくね?」
三組左にいた金髪の男性三人がギャハハと騒いで立ち上がると、左側にいたカップルの間に割って入りました。手を繋いでいた二人の顔をにやにや見ました。
彼らのあまりの無謀な暴挙に、仲睦まじく談笑していた他のカップルやグループ達は一様に凍り付きました。鴫川の流れが突然激しさを増しました。
「景観条例イハン!イハン!和ヲ乱スモノハ、コレヲ排除スル!」
景官ロボの口から一斉に、合計十七条の#FFFF00色いビームが放たれ、男性三人は荒れ狂う鴫川へと吹き飛ばされ、ちょうど流れてきたテセウス船の甲板へと転がされると、そのまま下流に消えてゆきました。彼らが消えて生まれた空隙を補うべく、再び皆が立ち上がって素早く動き、新たな「等間隔」が形成されました。岸辺に秩序が戻り、鴫川の怒りは無事に鎮まりました。
「そうか、テセウス船は『撤去』用の船だった」
八条さんは呟きます。「撤去」された事物は、鴨川を下った先、「十条通」のさらに南(なお亰都の中心部「洛中」に住まう天上人は、十条より南に住む民に法の保護を認めていません)や、メインストリート朱雀大路だった頃の面影のない「千本通」のわびしい一角(奇しくも名の由来が一説に『卒塔婆が千本』です)などで見ることができます。
景官ロボは何事もなかったかのように、そのまま三条大橋と口条大橋を一往復すると、再び「車」に乗って消えてゆきました。八条さんは「そろそろ行くか。景官に自転車が『撤去』されていたら大変だ」と言って立ち上がりました。土手を上がろうとしたとき、右のカップルから声が上がりました。
「なあ、お前ら、もう行くのか?お願いだ……代わってくれよ……なあ……!」
カップルの片方は血走って真っ#FF0000な目で八条さんの足首を掴みますが、八条さんは振り払いました。急にぬかるみ始めた鴫川の土手に足を取られながら、なんとか道へ駆けあがり、後ろを振り返ることなく八条さんは「『等間隔』に取り込まれなくて良かった」と言います。「等間隔の一員になってしまったらずっとそのままなんですか?そのうち解放されるんですか?」と聞くと、八条さんは無表情で「朝にはいつも等間隔は消えている」と答えるのみでした。続いて八条さんに問いかける前に、地響きが辺りに轟き、地面が揺れました。土埃が巻き上がり、思わず目を閉じせき込みました。
土煙がおさまると、5メートルはあろうかという巨人が姿を現しました。巨人は石器時代のような服をまとい、泥酔しているのか顔は真っ#FF0000で、右手には巨大な百升瓶を引きずっていました。首はなく、ネクタイを巻いた頭だけが肩の上に浮かんでいました。
「今度は等間隔デストロイヤーかよ……」
八条さんは呆然と呟きました。そう、愛に飢えた人の怨念が凝集し顕現した、鴨川の秩序を粉砕せんともくろむ悲しきモンスター、等間隔デストロイヤーです。酔いによる狂暴化バフが常時かかっており、鴨川沿岸上で三番目に恐れられる生物です。
この等間隔デストロイヤーを「撤去」することこそが、等間隔景察の大事な役目の一つです。しかしあいにく景官ロボの姿は今はありません。等間隔デストロイヤーは右手に百升瓶をぶんまわし、何やら喚き声をあげています。
「オレガヨー、コンナオソクマデガンバッテルノニヨー、オマエラハナー!ソーヤッテナー!イーゴミブンダナ!」
振り回される百升瓶とともに、肩の上に浮かぶ等間隔デストロイヤーの頭も左に高速回転していましたが、ぴたっと止まり、こちらとばっちり目が会いました。
「チョーシノッテンジャネーゾ!」
等間隔デストロイヤーはしゃがむと、百升瓶をふりあげ大きく跳躍しました。百升瓶で殴られてしまっては流石に残機が減るのは免れません。八条さんともども、巨人に背を向けて死に物狂いで走りました。すぐに地面が大きく揺れ、地鳴りに陶器の破砕音が添えました。あと一歩遅ければ百升瓶と心中する羽目になっていたことでしょう。
首から下が砕け散った百升瓶を放り投げると、ふたたび等間隔デストロイヤーの右手には新たな酒瓶が現れていました。等間隔デストロイヤーは酒瓶に口をつけ豪快に飲むと、#FFCC00色の炎を噴き出しました。
八条さんはスマホをすっと取り出し、等間隔デストロイヤーをさっと撮影しました。首を地面に傾け、うつむいたまま叫びました。
「あれ!?こいつなんで未成年なのに飲酒してるんだ!?」
――この詠唱には聞き覚えがあります。「未成年飲酒取締インターネッツ自警団」を召喚するための文句です。
さっそく地中から未成年飲酒取締インターネッツ自警団がゆらゆら湧いてきました。#0000FFい炎に包まれた鳥の頭を持つ、実に頼もしい召喚獣です。――恐らく地面が揺れたために、秒速で彼らは集結してくれました!
「通報した」「通報した」「通報した」「通報しろ」「通報した」「通報した」「法律違反ですよ」「通報した」「法律を破って良いんですか」「通報した」「通報した」
未成年飲酒取締インターネッツ自警団が等間隔デストロイヤーに殺到して襲い掛かります。未成年飲酒取締インターネッツ自警団は、低コストながら、「『酔』の状態異常」かつ「レベルが20未満」であるモンスターをほぼ一撃で倒すことができます。ただし問題は、
「あの等間隔デストロイヤーってネクタイ巻いてますよね?どうみても成人してないですか?」
「それはそうだけど、足止めくらいにはなるだろ」
後ろを見やると、等間隔デストロイヤーと未成年飲酒取締インターネッツ自警団が死闘を繰り広げているところでした。数では未成年飲酒取締インターネッツ自警団が大きく勝りますが、等間隔デストロイヤーの恵体にまた一体また一体と敗れ去っていました。しかし、もう自転車が見えました。これで逃げられます。と思いきや、
――亰都市ニオイテ、撤去シマス――亰都市ニオイテ、撤去シマス――亰都市ニオイテ、撤去シマス――亰都市ニオイテ、撤去シマス――
地面の中から「車」と、荷台に乗る景官ロボが姿を現わしました。景官ロボは等間隔デストロイヤーに目もくれず自転車を「撤去」しようとするでしょう。八条さんはなんと酒の空き缶を景官ロボに向かって投げました。
「景観ヲ乱スモノハ、コレヲ撤去スル!」
景官ロボは自転車からポイ捨ての空き缶に目を移し、撤去の最優先の対象を切り替えました。口から放たれた十七条ビームが空き缶を空中で黒焦げにしました。
「行くぞ!」
八条さんは走りながらも、数秒置きにビニール袋から酒缶を投げ続けました。
「景観ヲ乱スモノハ、コレヲ排除スル!」「景観ヲ乱スモノハ、コレヲ排除スル!」「景観ヲ乱スモノハ、コレヲ排除スル!」
もったいなくもまだ満タンの酒の缶が次々黒焦げになってゆきますが、そうでもしないと今度は自転車より前にポイ捨てをするこちらが撤去されてしまいます。
やっと自転車にたどり着き跨ろうとしまいましたが、今度は未成年飲酒取締インターネッツ自警団を叩きのめした等間隔デストロイヤーが猛然と迫ってきました。はやく道路に出なければなりません。景官ロボのビームも体をかすめました。ピンチです。
「マジで遅くなったごめん」
そのとき先輩の声が響きました。
先輩は右手に懐かしの携帯ゲーム機・GBG(ゲームボーイジャイアント)を掲げていました。1.5メートルあるGBGを地面に置いてスイッチを入れると、電子音が鳴り響いて画面が白く光り、そちらへ自分の体が引き寄せられるのを感じました。画面に自分の右手が触れると、ナ手が氵えて彳きました。今急にまた眠く って ま まし が、今の白分の記憶も消え き、 るそば ら再び形成 れて るよ てす。木たして冉構戊されろ前の自刀と後の白刀は冂じナナと る てしょ ?テセウ やスワン は でし うか?鴫川の岸 右手が復 さ てゆ と同 に右 と右足 いで屰の手 胴体 して首 い込ま 最後に頭が画面 触れ、
、 。 。
。
、 。
④鴨川24時~
「マジで遅くなったごめん」
先輩の声で目をさましました。鴨川の岸辺に座ってうとうとして悪夢を見てしまっていたようです。同じく六条さんも寝てしまっていたようです。もう24時を回っていました。この時間帯には、もうカップルの姿はまばらで、等間隔はすっかり崩れていました。どのカップルも大体十メートルくらいは離れているでしょうか。先輩の買ってきたお菓子を食べ、2時くらいまで人影もなくなった鴨川をぶらついた後、寒さと眠さに耐えかねてなあなあで解散しました(大学生なのだから、日の出まで耐えねばならなかった気はしています)。
ところで、あれから六条さんを見かける機会はとんとありませんでした。その年の冬に再び大学構内で見かけ、呼び止めて挨拶をしたところ、「あ、年明けから六条じゃなくて五辻になったから」とあっけらかんと言われて驚きました。六条さんは結婚に興味のかけらもないタイプ、ましてや学生結婚するはずもないタイプだと勝手に思っていたし、自身の苗字のほうを変えるタイプにも見えなかったからです。
(ちなみにもし仮に自分が将来結婚するようなことがあったら、そしてそのときに夫婦別姓の制度がなかったら、結婚相手と「†苗字バトル†」をしてよりカッコ良いほうの苗字にあわせたいと思っています。「六条」という苗字は自分の基準では相当カッコ良いですが、「五辻」と比べると悩みそうです。なお将来結婚するであろう人間は、「もし仮に~あったら」のような、英訳したら直説法ではなく仮定法になる前置きをわざわざしません)
偏見を反省しつつ、思わず率直な感想を、オブラートの上から新聞紙で厳重にぐるぐる巻きにした表現で表明したところ、六条さんは「色々あって」と言うのみでした。とはいえ不本意な結婚ではないようでした。先輩はもう知っているのか聞いたところ、六条さんに「誰だよそいつ」と鼻で笑われました。苗字が変わると、過去の人間関係のバックアップが消える可能性があるのでしょうか。とはいえ、先輩との関係についてそれ以上突っ込むのはやめておきました。そしてもう一留するか院に進むのかとなんとなく勝手に思っていましたが、卒業して就職するとのことでした。六条さん――改め五辻さんに会うのはそのときが最後でしたが、鴨川を見るとたまに、今でも元気にしてるかなと思います。
おわり
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――ブログを始めたけどネタに困っている友人に見せて良いかって、いやなんでですか、ネットにアップする気満々とかじゃないですよね?――それはともかく六条さんってキャラクターは誰がモデルなのって、いや六条さんは六条さんですよ。六条さんも先輩も行ったじゃないですか。……先輩?
(終)
2021年はたくさん文章を書いてゆきたいです。脚色せず書けるような体験を増やしたいです。(「2021書き初め」のタグの趣旨を後から理解しました)