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嘘も記憶のうち:「虐待の虚偽記憶」とは何か

はじめに


人間の記憶は完全な録画映像ではありません。私たちの記憶は非常に柔軟で、時に誤った情報や誤解によって歪められることがあります。このような誤った記憶のことを「フォールスメモリー(False Memory)」と呼びます。特に深刻なのが、虐待の記憶に関して虚偽の記憶が形成されるケースです。この記事では、フォールスメモリーとは何か、虐待の虚偽記憶の形成メカニズム、その影響と対処法についてまとめます。

フォールスメモリーとは?

フォールスメモリーとは、実際には起こらなかった出来事を記憶として信じ込む現象のことです。この現象は、記憶が他者の暗示や自己解釈によって歪められたり作り変えられたりすることで起こります。たとえば、子ども時代の曖昧な記憶に対して、他者が「こうだったに違いない」と繰り返し話すことで、あたかも実際に起こった出来事のように記憶されることがあります。

心理学的研究では、ロフタス(Elizabeth Loftus)による実験がよく知られています。彼女は、参加者に実際には起こらなかったイベント(迷子になった経験など)を繰り返し話すことで、参加者がそれを実際にあったこととして信じ込むことを証明しました。この研究は、記憶の可塑性と、フォールスメモリーの形成のメカニズムを示すものです。

虐待に関する虚偽の記憶

虐待に関するフォールスメモリーは、特にカウンセリングやセラピーの場で問題になることがあります。以下のような状況で虚偽の記憶が形成されるリスクがあります。

1. 暗示的な質問や誘導

セラピストやカウンセラーがクライアントに対し、「あなたのトラウマは幼少期の虐待に関連しているのでは?」といった暗示的な質問を繰り返すことで、クライアントが実際には経験していない虐待の記憶を形成してしまう場合があります。

2. 解離性記憶喪失への過度な期待

解離性記憶喪失(いわゆる「抑圧された記憶」)の概念を信じるあまり、過去に虐待があったはずだと断定することがあります。この結果、本来存在しなかった虐待の記憶が「発見」されてしまうのです。

3. 集団的な影響

家族やグループ内で特定のストーリーが共有されることで、個人がそのストーリーを自分の記憶として取り込むケースもあります。特に感情的な場面では、記憶が誤って形成されやすくなります。

フォールスメモリーの影響

虐待に関する虚偽記憶は、本人だけでなく周囲の人々にも深刻な影響を及ぼします。

1. 家族関係の崩壊

虚偽記憶によって、家族間の信頼が失われるケースがあります。実際には虐待をしていない親が責められたり、誤解がもとで家族が分裂することがあります。

2. 心理的負担

虚偽記憶を信じ込んだ本人にとって、それはあたかも現実と同じような心理的苦痛をもたらします。存在しない虐待の記憶によってトラウマを抱えることもあります。

3. 社会的・法的な影響

虚偽記憶が法的手続きに持ち込まれると、冤罪の原因になることがあります。特に、証拠が記憶だけに基づいている場合、問題が複雑化します。

対処法と予防策

1. 専門家の訓練

セラピストやカウンセラーが暗示的な質問を避け、記憶を正確に扱うための訓練を受けることが重要です。適切な質問技術や記憶の脆弱性に関する理解が必要です。

2. 記録の確認

記憶だけに頼らず、実際の記録や証拠を確認することが重要です。例えば、日記や写真、他者の証言など、客観的な情報を元に判断を下すべきです。

3. 教育の普及

記憶がいかに柔軟で誤りやすいかについて、広く教育することが必要です。心理学の知識が広まれば、虚偽記憶の形成を防ぐ一助となります。

結論

フォールスメモリーは、人間の記憶がどれほど柔軟で影響を受けやすいかを示す重要な現象です。虐待に関する虚偽記憶は、本人や周囲の人々に深刻な影響を及ぼす可能性があるため、慎重な対応が求められます。記憶を扱う際には、科学的な知識と慎重さを持つことが、個人の安全と正義を守る第一歩となるでしょう。

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