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「推し活」で自分自身を取り戻す ―「居場所探し」と「自分探し」

なたのおおお



人はなぜ「推し活」をするのか ー「居場所探し」と「自分探し」

現代社会において、「推し活」は単なる趣味を超え、個々人の精神的な拠り所となっています。アイドル、アーティスト、VTuber、キャラクター、スポーツ選手など、推す対象は多様化し、それぞれが熱狂的な支持を集めています。しかし、人はなぜ推し活にここまでのめり込むのでしょうか。その答えは、「居場所探し」と「自分探し」にあります。


積極的に居場所を求める時代

人は社会の中で生きています。しかし、その社会は常に温かいわけではなく、ときには疎外感を覚えることもあります。職場や学校、家庭ですら「本当の自分」を出せず、居心地の悪さを感じることもあるでしょう。そんなとき、人は「心から安心できる場所」を求めます。その場こそが「推し活」の世界なのです。

推し活の中では、共通の価値観を持つ人々とつながることができます。推しの話をするだけで自然と会話が弾み、SNSでは日々の情報を共有し、イベントでは仲間と喜びを分かち合えます。こうした「推しを軸とした共同体」は、現代社会において自分の居場所を見つけるための手段として機能しているのです。



自分探しの一環としての推し活

推し活は単なる「誰かを応援する行為」ではなく、「自分自身を確認する行為」でもあります。
「推しが好き」という感情を通じて、自分が何を求め、どんな価値観を持っているのかを知ることができます。推しを応援することで、自分の美意識や理想像が明確になり、推しが発する言葉や行動が自分の人生に影響を与えることも少なくありません。

また、推しの成長を見守ることは、自分の人生を振り返る機会にもなります。推しが努力し、成功を勝ち取る姿に感動し、「自分も頑張ろう」と思えることもあります。推し活は、ただ受動的に楽しむだけではなく、自分の生き方を見つめ直す「自分探し」の一環とも言えるのです。

「神」としての推し

推し活において、「推し」は単なる存在を超えて「神」に近いものとなります。
神とは、ただの偶像ではなく、「拠り所」として崇める存在であり、人々に生きる意味を与えるものです。推しもまた、人々に希望を与え、精神的な支えとなります。推しの言葉一つで救われることもあり、推しがいることで日常に張り合いが生まれます。

さらに、推しは「手の届かない存在」であるからこそ、理想の象徴となります。
推しが完璧であればあるほど、人は憧れ、信仰に近い形で愛を捧げます。そこには、「推しのために生きる」という自己超越的な感情すら芽生えることもあります。これは、かつて宗教が担っていた役割に近いものです。現代社会において、人々は「推し」という新たな神を見出し、その世界に心の居場所を求めているのです。


推し活は「生きる力」

結局のところ、推し活は「生きることそのもの」に直結しています。
それは、単なる娯楽ではなく、自分の居場所を確保し、自分の人生を肯定し、時には人生を変えるほどの影響を与えるものです。人は推しを通じて「生きる意味」を見出し、同じ価値観を持つ仲間とつながることで、孤独から解放されます。

つまり、推し活とは 「積極的に現代社会における居場所を見つける行為」 なのです。
現代社会はおいて、居場所は誰かが与えてくれるものではなくなりました。
各々が自ら探して、決定しないといけないのです。
これは、楽しい行為でもあり、個々人にとって大きな重荷ともなる事態です。

推し活がなぜここまで広がり、深く根付いているのか。その理由は、人々が「ただ生きるだけでなく、心から生きる意味を見出したい」と願っているからにほかなりません。

今日も一日、推し事がんばりましょう!


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