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気持ちが疲れ果てる ー見えない労働としての感情労働
はじめに
現代社会では、「働く」という行為は単に肉体労働や頭脳労働だけでは語り尽くせません。
特にサービス経済が進展する中で、看護師や客室乗務員、ケアワーカーなど、人と直接接する職業において、感情労働の重要性が注目されています。
感情労働とは、仕事の一環として感情を管理し、特定の感情を表現することを求められる労働のことを指します。
本記事では、感情労働の定義、その背景、社会的な影響、そしてその対策について心理学や社会学の観点から掘り下げていきます。
1. 感情労働の定義と特徴
感情労働という概念は、1979年に社会学者のアーリー・ホックシールド(Arlie Hochschild)によって提唱されました。
彼女は、感情労働を「組織が定めた規範に従い、特定の感情を表現し、他者の感情に影響を与えること」と定義しています。
感情労働の特徴
1. 表層的演技(Surface Acting)
自分の本当の感情を隠し、職場のルールに従って「適切な感情」を表に出す行為です。
たとえば、客室乗務員が業務の一貫としてフライト中に笑顔を保ち続ける場合がこれに該当します。ただし、これは仕事でやっているという割り切りがあります。
2. 深層的演技(Deep Acting)
表層的演技に対して、まさに「心からの笑顔」を目指して、自分の感情を実際に変えようと努力するのが深層の演技です。
たとえば、ケアワーカーが本心から患者の気持ちを理解しようと努める行為がこれに当たります。
本気でケア対象者の気持ちになろうとするのです。
2. 感情労働の背景――サービス経済化の影響
現代社会は、工業社会からサービス社会へと移行しつつあります。サービス経済化に伴い、感情労働の需要が高まりました。
以下のような職業で感情労働が求められる場面が増えています:
• 看護師:患者に対する共感的態度や優しさを求められる。
• 客室乗務員:厳しい環境下でも常に笑顔を保ち、乗客を安心させる役割を担う。
• ケアワーカー:高齢者や障害者に対して忍耐強く接し、感情的な安定を提供する必要がある。
サービス業が主軸となる経済の中で、感情労働は、単に職務の一環ではなく、職業そのものの中核となりつつあります。
3. 感情労働がもたらす影響
ポジティブな影響
感情労働には、顧客満足度やサービス品質の向上といった利点があります。
たとえば、感情労働がうまく行われると、顧客との信頼関係が築かれ、企業のブランド価値が向上します。
ネガティブな影響
一方で、感情労働には以下のような心理的・社会的な負担が伴います:
1. バーンアウト(燃え尽き症候群)
感情を抑え続けることでストレスが蓄積し、精神的な疲労や無気力感が生じます。
特に深層的演技で生じやすくなります。
2. 感情の疎外
表層的演技が続くと、本来の自分の感情がどこにあったのかわからなかなることがあります。
どこまでが営業スマイルであって、どこまでが自分の喜びなのか、その境界線が曖昧になるのです。
本来の感情と職場で表現する感情の間に乖離が生じ、自分らしさを失う感覚に陥ることがあります。
3. 対人関係の悪化
過剰な感情労働は、同僚や家族との関係にも悪影響を及ぼします。
たとえば、職場では笑顔を保てても、家庭では感情をコントロールできず、摩擦が生じる場合があります。
4. 感情労働への対策
感情労働によるストレスを軽減するためには、個人と組織の双方が対策を講じる必要があります。
1. 個人の対策
• 自己を認識する力を高める
自分の感情を客観的に把握し、無理のない範囲で感情を表現するスキルを養う。
• ストレス管理
定期的な休息やリラクゼーション法(例:瞑想や軽い運動)を取り入れることで、心の健康を保つ。
• 感情の共有
同僚や友人と感情を分かち合うことで、孤立感を防ぎます。
2. 組織の対策
• トレーニングプログラム
感情労働に特化した教育プログラムを導入し、従業員が負担を感じずに感情を扱えるスキルを習得できるようにする。
• 心理的安全性の確保
職場内でミスや感情を共有できる環境を作る。これにより、感情労働のストレスが軽減されます。
• 適切な休暇制度の導入
定期的な休暇やリフレッシュのための時間を確保し、従業員の負担を軽減します。
5. 感情労働の未来と私たちの役割
感情労働は現代の働き方において避けられない要素です。
しかし、その負担を放置すると、労働者の健康や社会全体の幸福度に悪影響を及ぼす可能性があります。
私たちができること
• 感情労働に対する理解を深める
看護師やケアワーカーなど、感情労働を担う職業の人々に対して、感謝や敬意を示すことが重要です。
• 感情労働を評価する社会へ
「見えない労働」として軽視されがちな感情労働を正当に評価し、報酬や福利厚生で支援する仕組みを作ることが求められます。
結論
感情労働は、肉体労働や頭脳労働と並び、現代社会において欠かせない労働形態の一つです。
その一方で、感情労働者が抱える心理的負担に目を向け、適切な対策を講じることが重要です。
感情管理は対人関係では避けて通ることのできない現代人の課題です。
ただ、その辛さや過酷さ、難しさ、困難をお互いに知ること、理解することはできます。
私たち一人ひとりが感情労働・感情管理を理解し、相互に支援することで、より豊かな社会を築くことができるでしょう。
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