Hey guys, フラれたことはありますか?


書くことって一種の「療法」になるんじゃないかと思うくらい、自分の心を癒すことができるなぁと最近思う。自分の中に渦巻いてどうしようもない気持ちとか、嫌な思い出を事細かに書けば書くほど簡単に忘れられるようになる気がする。防衛機制で昇華が昇華として認められるのは、抑圧や合理化と同じくらい、イヤなことをどうにか無くせる方法の一種だからだろうな。あんまり馴染みがなかったけど、大人になってわかってきた。


突然ですが、皆さんはフラれたこと、ありますか?

2019年6月18日、君はわたしに一本の電話をかけた。

「あ もしもし? 今大丈夫?」

私はその頃、東京の大学の寮で暮らしていて、その時間は深夜の1時過ぎで、「はーい、どしたの」と答えながら、寮特有の壁の薄さを思い出し、すぐに部屋を出ようと思った。君は神戸に住んでいて、元町駅の近くの中華料理屋のバイトを終えたあとのはずだ。
君に「少し待ってね」と声をかけて、君から盗んだロンTを持ってできるだけ足音が響かないように裸足のつま先だけで少し歩いた。日中はドアの開閉の音と洗濯機が脱水モードで回る音とおしゃべりでざわつく廊下は違う世界のように静まり返っていて、電話のノイズと、私の息遣いと、ひたひたという足音だけが妙に響いた。ワックスがけをされた床は氷みたいでつま先を通して内臓の奥まで冷えてしまいそうだった。
日中も人気の少ないあたりまで移動して誰もいない自習室に忍び込んだ。誰かに見られてもなにもマズくはないけれど、なんだかそういう気がしたから。ドアの音を立てずに開いて閉じてほっとした。

深夜にこんなところにいるのは気が引けて、少しでも隠れられるように、電気はつけずに前から3つ目の机の下で体操座りする姿勢で話すことにした。自習室の1番奥には大きな窓がある。窓にはクリーム色のカーテンがついていて、誰も使わない部屋だからずっとカーテンは開けっぱなしになっていた。趣味の悪いピンク色のドア。自習室特有のタイルのようなカーペット。ニセモノの木でできている自習室の机。発色のいい青色の回る椅子。誰かの忘れものの黒いカーディガンが丸められて、他人行儀にこちらを見ているような気がした。

少し寒くて君から盗んだ黒いロンTを着た。大きくて馴染まない。昔から知っている匂い。

その日は確か満月だったから、電気をつけていなくても月の光が強くって、部屋の中は十分に見渡せていた。

「もしもし?」と君がいう。

君は確か話すのが苦手って言っていたっけな。君の声は低くて、いつも音痴のように不安定に震えている、それも好きだった。

ほんとはわかってる、この電話で振られてしまうこと。ほんとうはわかってるんだ、後ろから女の子の声がしていることも。でも何一つとしてわかっていないことにした、物事が変わるということが面倒だったから。「もう、大丈夫だよ。話そう」



細かいことまでは覚えていないけど、話はシュークリームを作るようにきっちりと手順通りに進み、別れ話まで辿りついた。そこまでわたしもピンポン玉を相手が打てる範囲に落とすことを目的にしたように、ラケットで丁寧に返すような会話をした。



もう覚えていない。でも、君が別れようという直前に、( 別れようって今から言うな、ぜったいに )と感じとった。いつも誰かと電話をすると、そういう直感が恐ろしく当たる気がする。電波には人の感情までもを信号にして遥か遠いどこまでも伝えられる力があるのかも、でも電波と心霊は相性が良いと誰かが言っていたよな、それならそうだよな、てかその前に心霊…幽霊ってこわいよな、ほんとにいるのかな、と0.001秒で考えていた。光よりも速く全く関係ないことを考えたり、考えなかったりした。


深呼吸をした君は「別れよう。」と言った。

別れようという君の声はわたしの大好きな君の声だった。

予想はできていても、「別れよう」という言葉を言われると、まるで何かの小説で読んだあのこと全くおなじように、心臓がぎゅうと誰かに握り潰されるようで、思考が白紙になって、言葉を話す能力さえ抜け落ちてしまうくらいに衝撃的だった。
鼓動。静かな自習室では電話越しに君に聞こえるんじゃないかというくらい早く脈打つ。肺が小さくなったみたいに息ができなくなる。何か言わなきゃ。でも、なんて返せばいいのかわからなくて何も返せなかった。
今まで丁寧に続けていたラリーはわたしで終わり、ピンポン玉は落っこちて卵のように割れてぐちゃぐちゃになっているみだいだった。どうして、4年間の恋愛を、別れようのひとことで終わらせられると思っているの?

全くそんなことを思ってもいないけど、頭はまったく動かなかったけど勝手に口だけが動いた。「そうだよね、わかった。別れる。」どうやらわたしは理解のあるいい女のフリをすることにしたらしい。ピンポン玉を再び丁寧に打ち返すように。


自習室の窓の外は相変わらず明るくて、冬の高校の部活の時間のグラウンドみたいだなって思いながら、月の他にも街灯と寮を24時間管理している建物の常夜灯が光源であったことを思い出した。その時のわたしは全くおかしくなっていた。
一方で、付き合うということは、ふたりの合意の元で成り立つから、どちらかが別れようと言っている以上もう関係の継続は不可能だと考えてた。

君は「ごめんね」と言った。

また一方で、自我を持ったわたしがそれなら逆転の発想で、どちらかが別れたいと言っていても合意のもとであれば付き合えるなと思っていた。
自我を持ったわたしは「でもやっぱ、やだ。もう、全然好きじゃないくてもいいんだけど、好きじゃないのに付き合ってるってことにしない?」と言った。それは、自我が、最も正しいことであると信じているようであった。もうとっくにピンポンのラケットは投げ捨てられていた。


君は、「それは少し、おかしいよ」と言った。


わたしは「好きじゃなくてもいいからこのまま付き合っててほしいです」って繰り返しながら、堰き止められていた涙が止まらなくなって、泣きじゃくっていた。着ていたロンTは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった。だって好きじゃなくても付き合っていれば、他人じゃなくなるから。


君は何も答えなかった。


君の沈黙の間に、別れようという言葉だけで長く続いた深い関係を断ち切れるわけがないのに誰がこんなルールをつくったのかと怒ったり、このまま一切の無関係な他人になってしまうことに寂しさを感じたりしていた。


そして後ろで話を聴いている女の子のことを考えた。別れ話が順当に進むことを期待している何も知らない女の子にとってわたし悪者でしかない。悪者は倒さなきゃね。その子はわたしたちの4年間を何も知らないくせに。でもその子にとって正義では、わたしはいなくなった方がいい敵なんだ。



誰かの忘れものの丸められたカーディガンは、賢い猫のようで、ゆっくりと尻尾を振りながらこちらを他人行儀に見ているような気がした。椅子もカーペットも机のニセモノの木も、すごく第三者的にわたしを見ているような気がしてきた。自習室はわたしのことを知らんぷりする。




咄嗟に、「ごめんね」と言ったがそれは誰に対する何の言葉かわからなかった。自分を正しく見せるためか、君への今までの全ての謝罪か、後ろでじっと耳を澄ましている彼女への宣戦布告か。泣きじゃっくりはその時に止まった。

電話越しの君は外に出たように感じだ。風の音に物音がそう感じさせた。

「だれかほかに、好きな子ができたの?」

「ううん」

嘘だと思った、どうせ、すぐ付き合うはず
君の部屋に取り残されたミクちゃんと。わたしの泣き声で気持ちよくなっているはずのミクちゃんと。
わたしがここで別れると言わないと永遠にわたしはおじゃま虫。大好きな君の敵。君の敵でいられるなら、ずっと邪魔してやるんだから、そんな気持ちになった。


「羊こそ、すぐ次の彼氏できそうだけど」と見当違いな冗談を言われた。
でもその声には親しみがあった、口下手な君の特別な声色。


君は夜風を浴びているようだった。
月光は少しうごき、蛍光塗料で薄く光る自習室の電波時計は2時を示していた。

「いいよ別れよ、ごめんね。わたしのことを忘れてほしい、いなかったことにしてほしい。こうなってしまった以上、君の記憶からいなくなりたいよ」確かこんなことを言った気がする。きみはわたしに別れようと言ってもらいたいんだよね。


ずっと鼻水が落ちないように何度も何度も鼻から息を吸って留めていた。君には、スンスンとそれすらも可愛く聞こえていればいいんだけどな、と祈っていた。涙と鼻水は冷たかった。


君からは、「忘れないよ、羊は僕のいちばん大切な人だ、絶対忘れない一生忘れない、大切な人だよ。きちんと大好きだったから」みたいなことを言われた。

その声は少しこもっていて、泣き虫な君なら泣いていたのかもしれなかった。そのうち2番になって3番になっていくのに、とか、じゃあ別れないでよ とか、綺麗事にしないでよとか、二人で泣きながら別れ話をすることへの共感性羞恥とか、色々思ってた気がする。でも、その間もわたしの涙は止まらなかった。翳りのある、真っ黒な君の目の奥は遠くに居ても覗ける気がしていた。


はあ、なんて返事しようかなあと
しばらく黙っていたところに、本当に運良く、泥酔した先輩が勢いよくドアを開けた。
先輩によって自習室の沈黙は破られた。自習室のものたちは、ないはずの目を失い、わたしのことをもう見てはいない。


先輩はあおいという名前で、部屋が近くでとても仲のいい、何回もご飯にいった先輩だった。
淡い紫のカーディガンとお揃いのタンクトップにデニム、クロエのバッグからはおつまみとチョコレートのお菓子がはみ出ていた。寮で禁止の缶チューハイを片手に、ニカっと笑う。いつものジャスミンの香水が空気の流れに沿って香る。



「あ!羊じゃん!今日は、ストロベリームーンらしいよ!」と先輩は泣きじゃくった私のぼろぼろの顔を、きっと赤かった目と鼻を見ながら、わたしの左手の携帯電話を見ながら、そんなこと関係ないというふうに話しかけてきた。



きちんと運動部的な上下関係をわきまえてしまっていたため、その時の優先度が君からあおい先輩にシフトした。君の感傷に全く興味がないように。君がミクちゃんを見るように。



先輩に挨拶しなきゃ、と思って、君の言葉に返事をせずに、そのまま電話を切った。もうわたしは疲れていた。携帯の画面は黒くなり、電波に乗ってかすかに伝わる君の影は一瞬にして消えた。そして涙で濡れて重くなったロンTを脱いで、「先輩、お疲れ様です」と、暗闇の自習室で、午前2時の自習室で、泣き顔で挨拶をした。


以上がわたしが君にフラれたはなし。
イヤな思い出で忘れたい思い出。


結局君は6月18日にミクちゃんと付き合ったみたいだった。

あおい先輩はそのあとわたしの話を朝までゆっくり付き合って聞いてくれた。すごく安心した。あおい先輩は部活の飲み会の帰りで、2次会でOBがイキってうざかったから帰ってきた、自習室は見晴らしがいいから、彼氏と電話をしながら3次会をするからつもりだったと話していた。大丈夫、クソ男なんて振ってまえ!とお菓子をわたしにすすめながら慰めてくれた。
素敵な人に囲まれた人生でよかった。


心が死んだまま数週間を過ごすも、気がつけばいろんな人と食事に出かけ、新しい靴を履き、いつのまにか新しい彼氏もできていた。

でもやっぱり君の渾身の言葉に向き合わず、雑に電話を切ったことは雪の下の永久凍土みたいな、重苦しい後悔に変わってしまった。





ミクちゃんとは一度だけ会ったことがあった。君にフラれる2ヶ月前、機会があって君が男の子の友達2人とミクちゃんを紹介してくれた。男の子2人はわたしたちにお似合いって言ってくれた。
ミクちゃんとは何か喋っていたけど覚えていない。でも、なんだか馴染めなくてあまり喋れなかった。



ミクちゃんの髪は小麦みたいな色で、わたしよりも背が低くてわたしよりも頭が大きくてわたしよりも腰も胴も胸も大きい子だった。ぱっちりした二重の大きな目に大きな口に大きな鼻、パーツは悪くなくても整ってはいなかった。高校の友達はみんな、君のSNSのツーショットを見て、できるだけ客観的に見たとしても、羊の方が間違いなくかわいいし素敵だよって言ってくれた。どうせなら、もういっそのこと、叶わないくらい綺麗な人を好きになってくれた方が納得できた。
ミクちゃんは女の子の友達が少ないらしい。ミクちゃんはSuchmosとSIRUPとiriが好きらしい。ミクちゃんはタバコも吸うしお酒も飲むし、ラコステのロゴが入ったTシャツをきていた。絶対に相対性理論は聴かなさそうだった。ミクちゃんのこと、全部よくわからなかったけど、何よりも、他人のものを平気で奪えるその根性がよくわからなかった。

ミクちゃんの何がよかったんだ?と思う一方で、当時のわたしの未熟さは思い出すだけでも恥ずかしくて、それならよくわからないミクちゃんの方が素敵なのかもしれないなと妙に納得した。


人並みに恋愛をしてくると、因果的なものを実感することがよくある。人は誰かにしたことと言ったことが自分に返ってくる。特に恋愛面ではその傾向が強いと感じる。周りを見ても自分でもそう思う。

今はもう好きとか嫌いとかの範疇外だけど、わたしは君のことを素敵だと思っているし今も素敵な25歳であると信じている。別れ際こそ悲惨だったものの、君のくれた言葉でわたしの心は間違いなく良い方向に育った。感謝している。

最近、君とミクちゃんが結婚するらしいと噂を聞いて、驚いた。

人生に、正解と不正解はないと思うけど、どうか、幸せになってほしいと思います。






ショウカ、できますように

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