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ああ、沁みる参鶏湯

「韓国料理の良いところは辛いところだ」
30代、40代はずっとそう思い込んでいて、韓国料理屋さんでランチをするときには必ず、純豆腐一択だった。
とにかく“辛い”ことが幸せだったので辛くないものを選択するということが
頭の中にプログラムされていなかった。

ところがある日、50代になって「滋味」というものに目覚めるときがくる。

いい意味で言ったら年齢を重ねてわかるようになったこと、とも言えるのだけど、別の意味で体を心配するようになったのかもしれない。
「こんなに辛いものばかり食べていたら私の内臓さんは泣いているかもしれない」と。

ふいに、仕事関係で胃がキリキリしたときに
「なんていうかこう、じんわり温めてくれるもの」が欲しくなった。
それでいて元気になれるような滋養強壮のど真ん中が私にとっては「参鶏湯」だった。

先日、午後からの健康診断のために朝食を抜いた。
前日も何となく気になって夕飯を大根スープで留めた。
朝はコーヒーをおいしく1杯いただいて、そのあとは水だけ。
できるだけ空腹に意識がいかないように楽しいことを考えることにした。

健康診断を受ける病院へは家から20分ほど電車に乗って向かった。
電車の中ではもちろん、検診が終わったらどこで何を食べようか調べる楽しい時間。頭の中はもう検診が終わって、昨年より数値がよかった自分を想像して「やったね私。頑張った!」などと頭の中でほくほくとつぶやいた。

さあ、ランチは何を食べようか。プチ断食の後だから、負担にならないもの。
食べたいものはたくさんあるのだけど、刺激が少なくて温まるもの。
「おそばもいいなぁ。うどんもいいよな。いや待て、お寿司なんてものもありかも?
いや、ここはあれだ。参鶏湯だ!参鶏湯しかない!あの、滋味にあふれた鶏肉の出汁、薬膳のふわっと広がる香り、それが空っぽの胃袋にじんわりと沁みて暖かくなる瞬間の「ふぅ」となる一瞬!
もうあれしかない!
良い結果のご褒美に参鶏湯をあげよう。

そう思い込んだら頭の中は参鶏湯一色になり、一番近くで参鶏湯を食べられるお店を調べ、地図も確認し準備万端。
あとは健康診断が終わるのを待つだけ!
思わずクール&ザギャングのジャングルブギーを歌いそうになった。

あまりにも空腹にランチを直行させて良いものか?などと考え
その前にまず空腹にトマトジュースを吸収させよう。と謎にトマトジュースをコンビニで買い、いざ病院へ。

受付で問診票を出すと
「あの、健保組合さんからの受信券お持ちですか?」と聞かれる。

しまった!それ必要なんか!!

毎年同じ病院でいつもは会社の健保組合での受信だったのだけど
今年は仕事を辞めて、主人の扶養家族になったので、その組合からの受信券というものが必要だったらしい。

「受信券がないと受けられません。今日はいったんキャンセルしていただくか、改めて予約を取り直すことしかできません。」
受付の方の心のシャッターが降りたのが見えた。

全くのトホホである。確認ミスもいいところ。一晩、そして朝から空腹に耐え、良い結果を生み出した(はず)という自分を誇りに思ったあの気持ちはどうしてあげよう。
ジャングルブギーも歌ったのに・・・(結局歌ったんかい)

仕方なく予約を取り直し、病院のあるビルのエントランスまでトボトボ歩き、ちょっとしたスタンドテーブルに身を任せ紙パックのトマトジュースを一気に吸い上げた。

はぁ。ご褒美が・・・

それでも頭の中の参鶏湯が消えず、ご褒美じゃないけどリベンジを誓うための参鶏湯を食べに行った。

どんな気持ちでも食べたかったものは体が求めているもので、じんわりと広がる優しいスープは心もおなかも温めてくれるものだった。
「ご褒美」という言い訳、「リベンジを誓う」という言い訳。
どんなことも言い訳になるのだけど、本当は言い訳でなく、体が求めているから食べたいというのが本当の体の声なんだなと歳を重ねてきた今だからか、しみじみと感じる今日この頃である。



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