The Cure 『Songs Of A Lost World』 (2024)
9/10
★★★★★★★★★☆
どんなに素晴らしい音世界を繰り広げたバンドも、ほぼ全てが劣化し消滅する。そしてファンは「ああ、あの世界もあそこ(最後に素晴らしかったアルバム)で終わったんだな」という切ない現実を見せつけられる。それは仕方ないことではある。イマジネーションにも限界はあるし、桃源郷も経年劣化するのだ。
だから私は楽しみを遥かに上回る恐れを抱きながら、The Cureの新作を待っていた。そして本作を聴き、懸念が杞憂であったことを悟った。琥珀に閉じ込められたような美しい絶望と小さな希望に満ちたあの世界が、私のためだけに歌っていると錯覚させる孤独で荘厳で優しいあの世界が、一切の変質や劣化を見せずにそのまま繰り広げられているではないか。一体どういう魔法を使ったというのだろうか?
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サウンドはざっくり言えば、『Kiss Me Kiss Me Kiss Me』以降の重層的な大作群、特に『Disintegration』と『Bloodflowers』を思い出させる。同じフレーズとコードを繰り返すドラムとベースが基本的なグルーヴを生み出し、ギターとシンセが渾然一体となって混沌のノイズを鳴らす。そこに曲によっては素朴なピアノやパッド系シンセの流し弾きが加わる。そしてRobert Smithがだいたい曲の途中くらいから自由に歌い始める。曲の作り方自体はこれまでと変わらないと思う。
特徴的なのはそのヘヴィでストイックな聴き応えだ。まず、音の広がりよりも音塊としての迫力と密度を重視したヘヴィなアレンジ/ミックスが多くの曲に施されていて、過去最もアグレッシヴな”Warsong”, ”Drone:Nodrone”は言うに及ばず、本作で最も優美な”And Nothing Is Forever”ですらベースは強く歪まされている。一方で彩りを加えるためのアコギやホーンなどは一切無いし、可憐で耳馴染みの良いポップソングや飄々とした実験曲も一切収録されていない。また49分という収録時間も、1時間超えが当たり前の『Kiss Me』以降のアルバムに比べるとかなり短い。ヘヴィな手触りと無駄のないストイックな構成に注力した、寄り道の無い、極めてインテンシヴな作風と言って間違いないだろう。
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このヘヴィな作風であってもあの哀切で優美で孤独な世界観がしっかりと眼前に立ち昇るのは、結局The Cure=Robert Smithで、その彼が40年前から全く変わっていないからかもしれない。彼は全く変わらない。声もそうだし、底冷えするほど冷徹で孤独な自己/社会認識とメルヘンが共存する不思議な歌詞も変わらない。2時間半歌い続けるライヴもだし、全てを見通すようなあの目付きも、アイコニックなメイクとヘアスタイルも変わらない。
彼が歌い続ける限りThe Cureは変わらないので、つまり私だけの居場所は存在し続ける。それが確認できて本当に良かった。「この世に確かなものなど何もない。だが、それでも星を見上げれば私は夢を見ることができる」とはRobertの好きなゴッホの言葉。今ではRobert自身が多くのファン、そして私にとっての星になっているのだ。
The Cureはメンバーの入れ替わりがかなり激しい。本作は以下5人で制作。
Robert Smith – guitars, vocals, keyboards, bass, percussion, recorder = 全てのアルバムに参加
Simon Gallup – bass, keyboards = ほぼ全てのアルバムに参加。The Cureの歴史上、ロバートの次に重要人物。
Roger O'Donnell – keyboards = 『Disintegration』以降の全作に参加(『Wish』と『4:13 Dream』は除く)。
Jason Cooper – drums, percussion = 『Wild Mood Swings』以降の5作に参加。前任のBorisよりダイナミックで”ロックな”ドラムを叩く。
Reeves Gabrels – guitars, bass = アルバムは本作が初参加。そんなに存在感は無い。
余談だけど、私はやっぱり『Kiss Me Kiss Me Kiss Me』が一番好きで、 『Wish』が次に好き。『Kiss Me』の一見ファンタジックで楽しげだけど実は悲劇的な世界は、The Smashing Pumpkinsの『Mellon Collie And The Infinite Sadness』に通じるところがあると昔から思っている。『Wish』はすごく真面目な二枚目で遊びが無いけど、シンプルに大名曲が多い(“Doing The Unstuck”とか”A Letter To Elise”とか、もちろん”Friday I’m In Love”とか)。