空耳図書館のはるやすみ⑥『沈黙の春』
冷たい雪が降った翌日でも、桜は満開でした。
花は寿命を生ききる。
人間が考えているよりもずっと強い生命です。
今年の桜は受難だと、
誰かが気の毒そうに言ったけれど、
私はそうは思わない。
むしろこの静寂を、
心から楽しんでいることでしょう。
半世紀以上前に書かれた
レイチェル・カーソンの『沈黙の春』では、
農薬が原因の病で人が倒れ、
小鳥たちの声が消えた沈黙の世界、
未来の春の音風景から始まります。
しかし21世紀のいま、
農薬ではなくウィルスによって
少し違う状況が起きている。
森からは人の声だけが消え、
その代わり春の訪れを喜ぶ小鳥たちの、
生き生きとした声が溢れているのです。
自然のサイクルから自らを切り離した人間たち。
空調完備の人工環境で育ち、
自己免疫力で熱を下げた経験もない身体で生きることは、はたして自然なのでしょうか。
世界中の大都市の人間たちが
沈黙の春を迎える2020年の3月。
野鳥も緑もいつもと変わらない春を迎え、
むしろ人が消えた森を喜ぶかのように、
生き生きと歌っています。
それは、チェルノブイリや福島の森も同じです。
環境破壊、遺伝子組み換え、バイオアート、人工知能・・
生きものたちの音楽を思いのままに支配する、
人間にはその権利があると思ってはいなかったか。
地球のサウンドスケープに、
人の声を調和させる。
小鳥たちの歌の仲間に入れてもらうにはどうしたらいいか。
誰もいない森を歩きながら考えています。
『沈黙の春』レイチェル・カーソン 青樹簗一訳 新潮文庫