書評 | Stephen Cairns & Jane M. Jacobs "Buildings Must Die : A Perverse View of Architecture"
「死」のクリエイティビティ
これまで多くの建築理論では建物の「生」に主眼が置かれていた。建物は竣工によって誕生し、物理的・社会的要因により変化していく。建物の経年を生物の一生に例えたとき、「死」というネガティヴな側面は実際には避けがたいことであるにも関わらず、クリエイティビティを追求する従来の建築理論からは抜け落ちてきたのである。これに対して本書『Buildings Must Die』(2014)は、建築理論への「死」の概念の導入を試みる。
著者のステファン・ケアンズ(Stephen Cairns)とジェイン・M・ジェイコブス(Jane M.Jacobs)は、それぞれSEC(シンガポール・ETH・センター)とYale-NUS(シンガポール)の教授である。本書の中でも登場するが、著者の思想の根源となっていると思われるのがケヴィン・リンチである。リンチは著作『What Time is This Place?』★1(1976)や『Wasting Away』★2(1990)で、都市に見られる経年変化や廃棄物に注目し、変化のプロセスをクリエイティブにデザインすることや、廃棄物(一般に悲観視されるもの、「死」を含む)を受け入れ、上手く共生する必要性を主張している。さらに建築の分野でも、M.ムスタファヴィとD.レザボローの『On Weathering: The Life of Buildings in Time』★3(1993)がファサードの風化を美学的に論じているように、物質的な経年変化に再注目する動きが見られる。2014年に発表された本書は、これまで複数の分野で議論されてきた建物の負の側面を「死」という言葉で網羅し、建築にフォーカスすることで、リンチが追求するクリエイティビティを探っているのである。本書の前半部分で経済学・哲学・地理学・都市学といった幅広い分野における批判的視点から建物の「死」の説明を試み、後半部分では「死」にまつわる世界中の数多くの建築事例を挙げる、という構成になっている。
〈matter〉と〈mattering〉
竣工を建物の誕生とするならば、「死」は解体を思い浮かべるだろう。あるいは素材が経年劣化した廃墟の状態かもしれない。どちらにせよ建物の形が崩れていることが問題視されている。しかし、形態の変化だけが「死」の要素であるとは言えない。建物が無傷であっても、その価値が失われ無用の判定を受けた場合は「死」に近づくと言える。本書では〈matter〉と〈mattering〉の区別によってこれを説明している。
アイデアやコンセプト自体も建築として認められる一方で、建築家の基本的な目標は建物として形を残すことである。しかし一度建ってしまうと、設計時のコンセプトとはほとんど関係なく、風化や経年劣化といった物理的影響を受ける。このような建築におけるマテリアリティの側面が〈matter〉である。メンテナンスなどにより変化を遅らせることは可能であるが、建物にとっては避けられない領域である。対して〈mattering〉は、建物の価値に焦点をあてる。ここでいう価値とは、使用者の愛着に加え、文化的価値や経済的価値も含まれる。近代以降、多くの建物は〈mattering〉が「死因」となってきた。文化的価値があったとしても建物を維持する経済的価値が認められない場合があるし、いかに「合理的」な設計だとしても周辺地域の変化によって建物が使えなくなったり時代遅れになったりしてしまうのである。建物の価値変動のサイクルは、マテリアルの劣化に比べて非常に早く、曖昧で信頼性が低い。つまり建物の運命は、資本主義下の変動する市場や創造的破壊(creative destruction)★4 に大きく依存しているのである。
「死」にまつわるキーワード
ところで本書は、先述の〈matter〉〈mattering〉をさらに具体化したキーワードで再整理している。「Decay(腐朽)」「Obsolescence(陳腐化)」「Disaster(災害)」「Ruin(廃墟)」「Demolition(解体)」である。本書後半部分ではキーワードごとに章立てがされており、それぞれ建築事例が紹介されている。イメージしやすくするために、いくつか例をピックアップしながら考察を加えたい。
「Decay(腐朽)」「Obsolescence(陳腐化)」の2つは、「死」に繋がり得るプロセスを指す言葉である。区別すると、前者が〈matter〉で後者が〈mattering〉に関わると言えるだろう。まず「Decay(腐朽)」については、素材の経年変化(風化)を美学的に捉えようとする試み★5 が紹介されている。代表的なのは雨で、雨水の流れをディテールで表現したカルロ・スカルパの建築や、コンクリート壁面に雨筋を見せるヘルツォーク&ド・ムーロンのリコラ・ヨーロッパ社倉庫&工場(1995)などが挙げられている★6。次に「Obsolescence(陳腐化)」に関しては、主に2つの手法が挙げられる。ひとつはポンピドゥ・センター(1977)のようにフレキシビリティによってあらゆる要請に対応しようとするものであり、もうひとつはメタボリズムに代表されるような変化システムの埋め込みによる対応である。
本書に挙げられている事例を見ると、この2つのキーワードに対する建築家の態度は全く異なることがわかる。「Decay(腐朽)」は、自然の経年変化そのものに美学を見出そうとする一方で、「Obsolescence(陳腐化)」については、それを避けるためのシステムを追求する試みが見られる。つまり、前者は(物理的)変化をそのまま受容しようとし、後者は(社会的)変化に対応し、抵抗しようとするのである。著者自身の意見は明言されていないが、「死」を受容するクリエイティビティとしては、前者の態度が推奨されるのだろう★7。
「Disaster(災害)」については事例が乏しい。本書ではニュージーランドの地震とクライストチャーチ大聖堂について述べられているだけである(おそらくオーストラリア出身の著者がニュージーランドの事情について詳しかったためと推測できる)。ニュージーランドでは長らく木造か石造か論争があったが、クライストチャーチ聖堂は結果的に石造を選択したために幾度の地震で損傷し、2011年の地震で壊滅的被害を受けた。その後、跡地に木造以上に仮設的な坂茂による紙の教会(2013)が建ったことが紹介されている。他のキーワードで挙げられた事例は、多くが「死」や「変化」を事前に受け入れて設計されたものであるが、「Disaster」の例は事後の対応である。ニュージーランドだけでなく、日本の地震や水害の多い国にも目を向ければ、災害と共生してきた歴史的事例や近年の取り組みがより発見できたのではないか。
最後に「Ruin(廃墟)」と「Demolition(解体)」についてみると、これらは一般に建物の「死」の状態を示す言葉であると言える。しかし本書では、これらをプロセスと捉えることでクリエイティブな建築手法への導入を試みている。例えば「Ruin(廃墟)」は、従来のように状態として捉えるならば、ピクチュアレスク的な廃墟の美学がよく語られてきたが、廃墟化のプロセス(ruination)として捉えることで、スラム化などのインフォーマルなプロセスに結び付き、ジョン・ハブラーケンの “support paradigm” 理論★8や、住民が住宅を改変するシステムを取り入れた実験住宅プロジェクトPREVI★9といった事例が挙げられている。このように現代における「Ruin(廃墟)」の読み替えを行っているのである。同様に「Demolition(解体)」も、解体のプロセス自体に創造性を見出そうとする。理論的なバックグラウンドはケヴィン・リンチの「創造的解体(creative demolition)」★10であり、事例として、価値のある建物を残しながら5年単位で徐々に対象エリアを解体していくOMAのミッション・グランド・アクス(1991)や、ペンシルベニア駅(ニューヨーク)の通路設計コンペで既存建物の解体を提案したセドリック・プライスの案が挙げられている。
BuildingとArchitecture
以上のように、ただ「死」を受け入れるというよりも、それに至る変化のプロセスをデザインすることがクリエイティブな手法として紹介されていることがわかる。建築家は竣工後の望ましい未来についても思考を広げる必要があるのである。
ここで、本書の題名に「Building」が用いられていることに注目したい。建築家が構想・設計するのは「Architecture」なのだが、先述の〈matter〉〈mattering〉のように、実際に風化や陳腐化などの影響を受けるのは「Building」である。したがって本書に期待できるのは、「Architecture」にフォーカスしていた従来の建築理論ではなく、「Building」がもつ物理的・社会的側面を導入することであるといえる。本書前半で社会学・経済学・哲学的視点を取り入れた点では、その役割を果たしたといえるだろう。しかし、「Building」性をもつクリエイティブな建築理論としては不十分に感じる。なぜなら、事例の多くは失敗例かアンビルドであることに加え、著者自身の意見や評価がほとんど記されていないため、「死」を受容するクリエイティブな手法がどうあるべきか、曖昧なままであるように思えるからである。
サステナブルデザインへの警鐘
しかしながら、不可避である「死」の存在を再び思い起こさせるメメント・モリとしては確かに効果的で刺激的なテキストである。本書の最終章では近年の傾向としてサステナブルデザインを挙げているが、それは依然として「死」に伴うネガティヴな側面(具体的には劣化や「ゴミ」)を避ける態度である。本書では「ゴミ」を無くすことを目指す志向として、「cradle to cradle」★11というコンセプトが紹介されている。建築家ウィリアム・マクダナーと化学者マイケル・ブラウンガートが提唱したもので、建築やプロダクトに使用する材料を、質を落とさずにリサイクル(アップ・サイクル)するような設計・製造・消費システムを構築しようとする考えである。これは近年のDfD(設計時から解体を想定するデザイン)などにも繋がり、盛んに研究されているが、それに対して著者は、理想論だと批判する専門家の意見★12を紹介しており、先述の通り「ゴミ」や「死」を拒絶するのではなく受け入れようとするケヴィン・リンチの思想に賛同していると考えられる。昨今のサステナブルデザインがただの理想論なのか、失敗に終わるのかどうか判断を下すにはまだ早いが、並行して本書の主張である「死」のクリエイティビティを建築家が模索する価値は十分にあるだろう。本書はその出発点として、背景とインスピレーションを与えうる一冊である。
【註】
★1 Kevin Lynch, “What Time is This Place?” The MIT Press, 1976
★2 Kevin Lynch, “Wasting Away” Sierra Club Books, 1990
★3 Mohsen Mostafavi, David Leatherbarrow, “On Weathering: The Life of Building in Time” The MIT Press, 1993
★4 創造的破壊(creative destruction)は、経済学者ヨーゼフ・シュンペーターが提唱した語。新たな効率的方法が生まれると古い方法は廃れていく、という資本主義経済における新陳代謝をいう。本書では、建物の運命が市場に左右されることについて、複数の経済学者・哲学者の著作や理論を参照している。
★5 本書では素材の経年変化に対するル・コルビュジェとアロイス・リーグルの態度の違いが説明されている。コルビュジェは錆(patina)を汚れ(dirt)の集積であるとして経年変化を否定的に捉えている一方で、リーグルはある程度の教養が無ければ評価できない「歴史価値(historical value)」よりも、教養の有無を問わず、万人に共通の価値観である「経年価値(age value)」の方をより重要視し、経年変化に美学を見出している。以下参考。
アロイス・リーグル『現代の記念物崇拝 その特質と起源』尾関幸訳、中央公論美術出版、2007(原著は1903年)
★6 ここで挙げられる風化のデザインは、『On Weathering: The Life of Building in Time』(1993)でムスタファヴィとレザボローが既に取り上げていたものである。
★7 著者はジャン・ボードリヤールによるポンピドゥセンター批判や、中銀カプセルタワービルの失敗についてのレム・コールハースの調査に言及している。このことは、フレキシビリティや変化システムによる「Obsolescence(陳腐化)」への抵抗に限界があることを示唆している。
★8 デザインにおいて、建築家の力が強い従来の態勢(provider paradigm)に対して、“support paradigm”では主体が分散している。そこでは建築家(専門家)は基本的なインフラを提供し、住民(非専門家)が自ら環境を整備する。
★9 ピーター・ランドのマスタープランに26組の建築家グループの住宅案を配置したペルーの実験住宅群。住民が必要に応じて自宅を改変できる仕組みが求められ、アルド・ファン・アイクやジェームズ・スターリングなどが参加した。しかし結果的にどの案も想定通りに機能せず、予想外の形で改変されたことから、“successful failure”と評される。
★10 リンチは以下のように述べている。「(都市デザインの美学は)変化の過程を可視化することである。それには新築の優れたデザインだけでなく、創造的で高度な解体も必要である。」(評者訳:Kevin Lynch, “What Time is This Place?”, The MIT Press, 1976, p57)
★11 ウィリアム・マクダナー&マイケル・ブラウンガート『サステイナブルなものづくり:ゆりかごからゆりかごへ』人間と歴史社、2009
★12 「cradle to cradle」の射程は地球規模であることから、その現実性を疑う意見が出ている。
書誌
Title : Buildings Must Die: A Perverse View of Architecture
Author : Stephen Cairns and Jane M Jacobs
Publisher : The MIT Press
Year : 2014
評者
丹羽達也(@rooney_arch)
1997年愛知県生まれ。2019年東京大学工学部建築学科卒業。2020年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程在籍。クマ財団4期クリエイター。
メニカンの活動を続けるため、サークルの方でもサポートいただける方を募っています。良ければよろしくおねがいします..! → https://note.com/confmany/circle