第二章 チャクラ思想の源流:ヴィシュヌ神の原像とスリヤ・チャクラ
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ブッダの法輪に次ぐ第二のチャクラ・シンボルとして唐突に私の視野に登場したヴィシュヌ神のスダルシャン・チャクラ。私はまずこの神の素性を調べようとその起源について遡って行った。
ナットドワラやプリーではクリシュナとして祀られるヴィシュヌ神は、一般に世界の維持を司る神として知られている。彼は色が黒く、四本の手にそれぞれ棍棒(ガダー、もしくはダンダ)とほら貝(シャンク)と車輪(スダルシャン・チャクラ)と蓮華(パドマ)を持ち、ガルーダという神的鷹に乗り、ヴァイクンタという天上の国にラクシュミ女神を伴侶として住まうという。
そして、悪が栄え世の秩序が乱れた時にアヴァターラ(化身)の姿をとって降臨するや、スダルシャン・チャクラを投じて悪を滅ぼすのだ。
ヴィシュヌの名前が最初に現れるのは、インド・ヨーロッパ語で書かれた最古の文献といわれるリグ・ヴェーダだ。インド・アーリア人による神々への賛歌を集めたこの聖典は、紀元前1500年から紀元前1200年頃にかけて成立したと言われている。
その中でヴィシュヌは、天と空と地の三界を三歩でまたぐ闊歩の神『トリヴィクラマ』として、あるいは広く世界の全てに遍く浸透し、天と地を支える神として描かれている。この彼の三歩は日の出と南中と日没を象徴し、本来は地上の全てに満遍なく降り注ぐ、太陽の光照作用を神格化したものだとされる。それは太陽の様に地上にあまねく光をもたらし、生命の維持を支える恵みの神であった。
ヴィシュヌ神は現代に至るヒンドゥ教では、創造神ブラフマー、破壊神シヴァと並んで三位一体の一翼をなす、世界を維持する最高神として崇められているが、この太陽のイメージが根底にあるのかも知れない。
これまで述べてきたように、私は棒術の回転技に出会って以来「聖チャクラ」というものを明確な主題と位置付けてこの探求の旅を進めて来たのだが、リグ・ヴェーダの一節に『あたかも回転する車輪のように、彼(ヴィシュヌ)は・・・(Rig Veda 1.155.6)』という記述を発見した時は思わず息を呑んだ。
有力な解釈として、この「90と4の定期的な巡り」とは、1年、2つの至分(夏至冬至)、5つの季節、12ヵ月、24の半月(黒月白月)、30日(一か月の)、8時節(一日の)、黄道12宮(占星術)の各数字を足した数、つまり一年の季節と時節の全てが、太陽になぞらえたヴィシュヌの「車輪の様な」回転、循環、展開の働きそのものである、という事らしい。
これは単純に、巨視的なイメージで東の地際から中天そして西の地際へと半円形に運行する太陽の巡りをひとつの円運動と見て、更に一年の巡りをひとつの円環と見て、それを車輪の回転に見立てたのだろうか。
どちらにしてもスダルシャン・チャクラを掲げるヴィシュヌにおいて、明確に「車輪」という文脈が発見できたのは大きな収穫だった。
このような「季節と時節の巡り」は、前回言及した「スダルシャン・チャクラの別名が『カーラ・チャクラ』」だった事実とも符合する。
また太陽が中心となって360度あらゆる方向に光を放つ様子は、車輪の中心からスポークが放射状に展開する形とも重なってくる。これらを総合して、車輪がヴィシュヌの神器として取り入れられたという経緯があるのかも知れない。
スダルシャン・チャクラについては様々な神話が存在し、太陽との関わりが深いものもあったので、それを見てみよう。
ここではスダルシャン・チャクラが太陽の欠片、つまり「太陽そのもの」で出来ている、というイメージが確認できる。下の画像はネット上によく見られる現代的なスダルシャン・チャクラのイメージだが、この黄金の眩い姿は、文字通り小さな太陽の輝きなのかも知れない。
次に、これは文献的にはシヴァ派のソースだが、シヴァ=ルドラと創造者ブラフマンを同一視した上で、ブラフマン・シヴァによる宇宙世界の創造を「車輪(ブラフマ・チャクラ)の展開とその運動」に喩えて讃える詩節が存在するので紹介したい。
ヴィシュヌ神を至高神として崇めるヴァイシュナーバというセクトでは、しばしばヴィシュヌと創造者ブラフマンを同一視しているので、参考になるはずだ。
このシュヴェタシュヴァタラ・ウパニシャッドは、おそらくはブッダ入滅後の比較的早い段階、およそ紀元前5~4世紀頃には成立していたもので、いわゆるサーンキャ思想のバイアスが強くかかっており煩雑に過ぎるので大幅に割愛したが、ここで重要なのは、
「宇宙世界の創造・展開が『車輪の現れ・その回転』になぞらえて、一者なる至高神の『御業』に帰せられ称えられている」
という点にある。
これは「この世界の展開・運動を回転する車輪に重ね合わせている」という一点において、前掲のリグ・ヴェーダにおけるヴィシュヌへの賛歌と全く軌を同じくしてはいないだろうか?
続けて、前回「第三のチャクラ」として言及した太陽神スーリヤの「スリヤ・チャクラ」について見ていこう。
リグ・ヴェーダには太陽神スーリヤに捧げられた賛歌がいくつか存在し、彼は7頭の神馬に引かれた天空のチャリオット(ラタ戦車)に乗る、光輝に満ちた姿として描かれていた。
ラタ戦車に乗って天空を駆けるスーリヤ神の原像は、ここにあったのだ。このリグ・ヴェーダのスーリヤ観は現代のヒンドゥ教においても忠実に踏襲されていて、最も姿かたちを変えずに信仰され続けている神格と言えるだろう。
上と同様の意匠は絵葉書やブロマイドなどで普通に売っており、現代における普遍的なスーリヤ神のイメージだが、ここではスダルシャン・チャクラとほら貝を持ちヴィシュヌ神との同一視が明らかだ。
スーリヤ神が乗って天空を駆けるラタ戦車という明確なヴィジュアル、その具象化こそがコナーラクの太陽寺院であり、巨大な車輪はその象徴なのだった。
既に述べたように、太陽神としてのヴィシュヌは季節と時節の転回・運行を車輪の様に司っていた(あるいは自ら回っていた)訳だが、上の太陽寺院その神殿全体に12個設置されているという巨大な車輪もまた、ヒンドゥ暦の12ヵ月に対応し季節と時節の巡りを象徴していると言う。
最後に、太陽とラタ戦車に関してふたつ面白い賛歌があったので続けて引用しよう。
次はインドラについて。上の詩節と並べて読むと面白い。
ミトラ・ヴァルナが天界に据えた太陽のラタ戦車から、車輪をひとつ持ち去るインドラ。このイメージが一体何を意味し、後世のインド教にどんな影響を与えたのか、甚だ興味深いところ、だが…
ここまで、宇宙世界の展開やその運行・巡りを太陽の特性をベースに「車輪の展開・運動」に見立てるイメージ、加えて天空を駆け巡る太陽の「ラタ戦車」のイメージが確認できた。
当然ながら、ラタ戦車の「車輪」とヴィシュヌやブラフマンへの詩節で称揚された「展開・回転する車輪世界」との関係性が大いに気になるところだ。
リグ・ヴェーダにはこの世界宇宙の理法を意味する天則という概念が頻出するが、スムースに回転する車輪と規則正しく運行する天則を重ね合わせるイメージがあるのかも知れない。
どちらにしても、前節で直感したように、ラタ戦車やその車輪がインド思想において特別な意味を持っていることは、もはや疑い得ない事実だろう。
その「ラタ戦車」という観点でもうひとつ、リグ・ヴェーダを通読していて私の注意を引いたのが、上で登場したインドラ神だった。
彼はリグ・ヴェーダの中では最も多くの賛歌を捧げられた軍神で、ある意味主神格とも言える存在として人々から崇められており、興味深い事に、しばしばヴィシュヌのパートナーとしても描かれていた(インドラは後に仏教に取り入れられて帝釈天となり日本にも伝わっている)。
このリグ・ヴェーダにおける中心的神格であるインドラについて調べれば、汎インド教的なチャクラ思想のルーツに関して、何かより深い知見が得られるのではないか。そう考えた私は、更にリサーチを進めていった。
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